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京都 "祇園祭"

2014年7月29日 (火)

祇園祭2014・花傘巡行

 祇園祭の後祭(7月24日)の巡行の後に、行われた「花傘巡行」を拝見しました。
午前10時に八坂神社を出発した行列を、11時頃寺町通で待機中の状態で。何故待機中かと言いますと、後祭の巡行が通り過ぎた直後で、市役所前での受け入れ準備が未だ出来ていなかったのでは無いかと思いました。或いは花傘巡行が予定より早く着き過ぎたことも考えられますが・・・。

 花傘巡行には、多くの女性(主に花街の方達)と、子供達が参加していますので、その人達を中心に取材しました。なお、この巡行の参加者は約千人との事です。

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行列の先頭は元気一杯の「子供神輿」です。5基位はあったでしょうか。
大分長く待たされている様です。早く動かないかなあと前方を見ている子や我関せずの子など、そろそろ厭きて来た雰囲気です。

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こちらの皆さんは、お行儀良く物静かに立ち並んでいました。
「神饌行列」です。「神饌」(しんせん)とは、神様にお供えする食べ物類です。

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やや手持ち無沙汰気味の「児武者」の2人です。
右の見物人の男の子の心境や如何に?。僕もこんな恰好がしたいなあ!?

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馬に跨る「馬長稚児」(うまおさちご)達は、10人位いたでしょうか。皆堂々としていました。少しも怖がっている様な感じはありませんでした。

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「花笠巡行」ですから、花傘にも登場戴きました。10基余りが加わっていました。

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「織商鉾」の美人達は、「ミスきもの京都」の方々です。

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京都の5花街の綺麗どころが、毎年交代で2組が、巡行に華を添えています。
今年は「宮川町」(↑)と、↓は「祇園甲部」の皆さんです。

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それぞれに踊りのテーマが決められています。
「宮川町」は「コンチキ踊」、「祇園甲部」は「雀踊」の看板が、屋台に掛けられていました。

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こちらも、毎年巡行に加わっている「鷺舞」の女の子達です。
しっかりと舞の衣装に身を固めていて、見ていても気持ちが良い印象を受けます。鷺の頭の飾りは面白いですね。

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最後は、「萬燈踊」の女の子達です。やや待ちくたびれの感じがしました。
可哀想に何時まで待たされるのでしょうね。

 なお、この他巡行には、「祇園太鼓」や「六斎念仏」や「祇園囃子」など、大人の方達の屋台もあります。

 解説書に依りますと、昭和47年の山鉾巡行一本化の際に、山鉾が出現する以前の「祇園会」(ぎおんえ)の初原的形態を現代に再現する目的で、この「花傘巡行」が始められたとのことです。

 巡行が八坂神社に帰社後は、境内で芸能や舞踊を奉納されることになっています。

 なお、これまでの祇園祭はカテゴリー京都”祇園祭”をご覧ください。

2014年7月25日 (金)

祇園祭2014・後祭 その2 巡行の様子(1)

 前回には、後祭の主役とも言うべき、150年振りに復興された「大船鉾」の鉾建ての様子をつぶさにご紹介しました。

 その「大船鉾」をしんがりとした後祭の巡行が、24日午前に行われました。
 後祭に巡行するのは、山9基と鉾1基の計10基です(前祭は23基でした)。

 巡行のコースは、前祭とは逆行する形で、烏丸御池を午前9時30分に出発して、御池通を東行し、河原町通へ右折し、河原町通を南下、四条河原町を右折して、四条通を西行、四条烏丸までのコースです。

 今回の後祭の巡行は、先ずスタート地点に近い烏丸御池の交差点から少し東に行った北側で、取材しました。午前9時30分ジャストに動き始めました。

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トップは「橋弁慶山」(くじ取らず)でした。
五条の大橋で、戦う弁慶と牛若丸の姿です。

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次は「北観音山」です。見た目「鉾」の様に見えますが、これでも「山」なんです。山と鉾との決定的な違いは、「真木」では無く「松の木=真松」です。
この松は2本あって、後から来る「南観音山」とくじ引きで決めておられます。

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4番目は「浄妙山」(じょうみょうやま)です。面白い構成ですね。
宇治川の合戦で、僧兵・浄妙(下)が一番乗りしょうとすると、一来法師(上)がその頭上を飛び越え、先陣をとったという平家物語の一節です。
この様な激しい動きがあるのは、この山だけです。

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「南観音山」です。この部分だけを見ていますと、「鉾」ですね。
「見送り」の絵柄は、龍ですね。

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一昨日(7/23)の夜のNHKスペシャルで、取り上げられていた「鯉山」です。
左 甚五郎作と伝わる木彫りの大きな鯉が横たわっています。
 そして、懸装品(胴懸け)でした。

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色んなタペストリーなどを縫い合わせたものですね。

さらに「見送り」です。

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番組では、本物は重文指定のため厳重保管されていて、これは複製品の様です。

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「黒主山」です。謡曲「志賀」に因み、大伴黒主が桜の花を仰ぎ眺めている姿を現しているそうです。今の猛暑の中、桜の花を見るのは不思議な感じがしました。

 そして、いよいよ「後祭」の盟主的存在で、150年振りに復活した「大船鉾」の登場です。引き続き、ご紹介します。
このまま↓をご覧ください





祇園祭2014・後祭 その2 巡行の様子(2)

 ↑からの続きです
「後祭」の巡行の最後を飾るのは、今年150年振りに復活を遂げた「大船鉾」ですが、その前に、「前祭」のしんがりを務めた「船鉾」の様子を先にご覧戴きます。

 この「船鉾」は「出陣船鉾」と言われ、「大船鉾」は「凱旋船鉾」と言われているそうです。

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青い法被を着た人達は「車方」と呼ばれる人達で、鉾の動きをコントロールしています。手にしているのは、それらの道具です。

 では、後祭のしんがりの「大船鉾」の登場です。

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150年振りに、先頭を行く「大船鉾」の幟です。もっとも150年前にこんな幟があったかどうかは判りませんが・・・。
役員の皆さんの心境や如何に。誇らしく、晴れがましく、そして感慨深く。

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私が、この場所で最初に見た光景です。「四」は四条新町(会所の在る地名)でしょうか。

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いよいよ目の前に遣って来ました。晴れ姿です!

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鉾建ての時に見られ無かった「舵」も、しっかり付いています。

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「船尾」の部分に注目しました。華やかです。

 この後私は、この場所を離れ京都市役所の方に向かいました。

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ビルが建ち並ぶ御池通を進む「大船鉾」です。
今までとは反対側を見ています。

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運よく「くじ改め」の様子も見ることが出来ました。
寺町御池の角、市役所の近くでした。
くじを改める役は、紋服に威儀を正す「門川市長」さんです。
「おめでとうございます」と挨拶されていましたが、改める場面が撮れずに残念!

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市役所前を行く「大船鉾」です。
「大船鉾」はこの後、河原町御池の交差点で「辻回し」を行い、河原町通を南に向かいます。

尚、これまでの祇園祭はカテゴリー京都 "祇園祭"をご覧ください

私は、この後この日に行われる「花傘巡行」を拝見します。
もうこの近くまで進んで来ているはずです。





2014年7月21日 (月)

祇園祭2014・後祭 その1 大船鉾登場

 祇園祭が、49年振りに元の形、すなわち前祭(17日)と後祭(24日)とに分かれて巡行が行われ、前回は前祭をご紹介しましたが、今回は後祭の主役、150年振りに復活する「大船鉾」に注目して取材しました。
 
 150年振りと言いますのは、幕末の「禁門の変」(京都では「どんどん焼け」と言います)で「大船鉾」が焼失したからで漸く悲願達成です。
 「鉾建て」は、前祭の巡行が終了後、直ちに(17日午後3時頃)から始められました。場所は、新町通四条下るの路上です。

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現場に着いた時は、台車(横の太い木2本と車軸)が、木製の台に載せられた状態でした。
その後は、新しい木材で造られた櫓(やぐら)が組立られて行きました。

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その後、櫓の強度を支える「X形」に、木材が組立られました。
この日は、ここまでとしました。午後5時過ぎでした。

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現場近くに置かれていた車輪です。人の背位の大きさです。
20日の午前中に取り付けられる様です。

 そして、翌日(18日)の朝、9時半頃に行って見ました。

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それらしい姿になっていました。前方から見たところです。

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後方を見ています。船縁の曲線も見られます。

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19日の午前10時半頃の様子です。屋根が載せられていました。
縄掛けも美しく出来上がっています。
傍を通り人の背の高さと比べて、この鉾の大きさが良く判りました。

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屋根に目を向けて見ました。白木造りに上部は銅板で造られています。

この日は、午後飾り付けの予定と掲示されていましたが、にわか雨でどうされるのかな心配しています。

20日は、車輪を取り付け、午後は曳き初めの予定ですが、20日の午後1時頃、曳き初め直前に、現場を訪れました。
 ご覧の様に、見事に完成した姿を見ることが出来ました。

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先端の飾りは、焼け残ったものです。正面を見ています。

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真横から見ています。正確に言いますと、進行方向の右側を見ています。

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斜め後ろから見ていますが、「船鉾」には付いていた「舵」(かじ)が見えません。巡行の時には、見られるのか心配です。「舵」無しでは船はどちらに向かって進むのか判りませんからね。

 これで、いよいよ後祭の巡行の日、7月24日を待つばかりです。
 当日はまた早くからスタンバイしたいと思っているところです。


尚、今までの祇園祭については、カテゴリー京都 "祇園祭"をご覧ください。

2014年7月19日 (土)

祇園祭2014・前祭・巡行

 祇園祭が49年振りに、前祭(さきまつり)と、後祭(あとまつり)とに分かれて、山鉾の巡行が行われました。
 7月17日(木曜日)の前祭の巡行を拝観しました。前祭は23基の山や鉾が巡行しました。一昨年と同様に、河原町通で、約3時間半粘りました。

 今回は、今年山鉾で新調された部分と、子供達に注目して、取材しました。

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何時も「祇園祭」の先頭は、この幟です。その後に続くのは、山鉾連合会理事長(右の方)の吉田孝次郎氏です。後祭の実現に努力されました。きっと感慨深いものがあることでしょう。

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巡行の先頭を行く「長刀鉾」のお稚児さん(身を乗り出すようにして踊っています)と禿(かむろ)の2人です。

 続いて、「山一番」の「占出山」(うらでやま)です。

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今年は櫓(やぐら)を145年振りに新調されました。

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その新調された「占出山」の櫓です。巡行の前日16日に撮影しました。
案外骨格は細いものですね。

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「孟宗山」(もうそうやま)の見送り(後ろの掛物)の「孟宗竹藪林図」が新調されました。

では、子供達にも登場して戴きましょう。

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「綾傘鉾」のお稚児さん達です。猛暑の中、お父さんに手を引かれ、良く頑張って歩いていました。

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大人達と同じ姿で歩いていました。同じく「綾傘鉾」の皆さんです。

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「菊水鉾」です。今年胴掛けが新調されたとのことでしたが、どうも絵柄が違う様に思いました。

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「四条綾傘鉾」の役員一行の中にも、子供達の姿6人がありました。

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その中には、こんな子供達の姿もありました。

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山鉾の中でも、最も豪華な「月鉾」です。屋根から胴掛まで、どの部分も豪華絢爛に造られていて、「動く美術館」とも言われています。
屋根は黒漆で仕上げられています。今年修復されました。

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こちらの僕は、そろそろ限界に近いのかな?
もう少しです。頑張ってくださいよ。

 「前祭」は、合計23基の山鉾が巡行しました。
 「長刀鉾」が通過してから、最後の「船鉾」まで、約2時間掛っていました。

 「後祭」は、24日に巡行コースを変えて(逆行する形で)巡行します。
 お目当ては、150年振りに復活する「大船鉾」です。
 「大船鉾」には、鉾立ての段階から注目していきたいと思っております。

尚 昨年までのまでの祇園祭はカテゴリー「京都 "祇園祭"」をご覧ください。

2013年7月14日 (日)

祇園祭 in 京都駅ビル ~祇園祭パネル展~(その2) 

 その1では、ミニチュアの山鉾などをご紹介ましたが、今回は祇園祭に欠かせない鉾町独自の手拭いをメインに紹介しましょう。
 同じく~祇園祭パネル展~からです。
31基(32基)の山鉾全てに手拭いが有ります。
来年には巡行予定で、今年は休み山の大船鉾にも。

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 下段真ん中、「羽根を広げたカマキリの上に神の使いの子供が乗った手拭い」は、今年の新作、絵本作家・永田萌さんのイラストで、縦と横が有り、宵山期間中一枚700円で売っています。


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山鉾の手拭いは、例年、同じものばかりと思われがちですが、毎年のように新作を発表するところも有ります。

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京都で手拭いといえば、祇園祭の山鉾の授与品です。
伝統的な祭りで授与される手拭いと聞けば、昔ながらの古典柄を想像されるかも知れませんが、若い人の感覚にも応える現代的なデザインもあります。


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             「大 船 鉾」
今は休み山ですが、手拭い等は有ります。今年は「唐櫃」だけの参加ですが
来年からの巡行が楽しみです。


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              「伯 牙 山」

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               「鈴 鹿 山」 

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              「鯉  山」
「鯉山」は「後の巡行」の最後を行きます。
この後に「大船鉾」の「唐櫃」が続きます。


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    最後はユニークな「浄妙山」 
       「平家物語」の合戦の一場面を活写したものです。
何処も工夫を凝らしてあって感心しました。
各山鉾の手拭いの柄にも、それぞれの謂われや意味が有るそうです。
それらを調べてみるのも面白いかも知れませんね。
 

  尚、「祇園祭」関連の記事はカテゴリー”
祇園祭"をご覧ください

2013年7月13日 (土)

祇園祭 in 京都駅ビル ~祇園祭パネル展~(その1) 

 今、京都の町は”祇園祭”一色です。
今日は祇園祭の少し変わった展示品をご紹介します。
 この催しは、京都駅ビル開発が企画したもので、京都駅2Fインフォメーション前で、
7月2日~17日まで”祇園祭パネル展”が行われています。
  パネルには、「屏風祭」や「神輿渡御」などの写真や文章で紹介したもの、
各山鉾を説明したパネルも掲げられています。
 また、↓のようにこぶし大の本当に小さい鉾のミニチュアが、地図の上にその存在場所を示して並べられています。
 山鉾のミニチュアは小さ過ぎて、上手く撮れませんでしたが、それらのミニチュアの展示の一部と関連の授与品などをご紹介します。


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手前のガラスで囲まれた台には、山鉾のミニチュアを地図上に置いた展示、
向こう側には各山鉾町が販売する手拭いや扇子などの授与品が飾られています。


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長刀鉾を始め、主な鉾が並ぶ四条烏丸周辺です。

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左手前が、常に巡行の先頭を行く「長刀鉾」です。
生き稚児と禿(かむろ)2人が乗っている唯一の鉾です。


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中央の「大船鉾」は、いよいよ来年には再興され、巡行に加わる予定です。
同時に「後祭」の復活も言われています。


 そして、次は「山伏山」のユニークな授与品で、前出の陳列棚の中に飾られていた作品です。

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   茅の輪「無病息災」の御札が飾られています

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 同じく茅の輪のストラップ(左)と茅の輪 厄除けの御札が飾られています

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家内安全と良縁祈願のお守りですが、西陣織で作られているようです。

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そしてこちらもユニークな「蟷螂山」の紙製のコースター 5枚です。
    
他にもユニークな作品が有りましたが、次回は手拭いや扇子をご紹介します。

 
尚、「祇園祭」関連の記事は、カテゴリー”祇園祭"をご覧ください







2012年7月21日 (土)

”祇園祭2012” 神幸祭・出発式  その1

 祇園祭・山鉾巡行が行われた17日の夕刻からは、「神幸祭」の出発式が、八坂神社付近で執行されました。
昼間の熱さの中での巡行拝見の疲れにもめげず、拝観に出掛けました。
 
 

 石段下での3基の神輿が揃って、差し上げ・差し回しが圧巻です。
何年か前に一度、地上で拝観したことがあるのですが、今いち物足りなくて、高い場所から見たくて出掛けたのです。
 午後6時半頃に見られるとのことで、現場に5時前に着いたのですが、
もう良い場所はありませんでした。
 已む無く、西楼門前の向って右の狛犬の傍に場所を見付けました。
焼き付く様な西日を浴びつつ、漸く6時15分頃から動きが始まりました。

 神輿を先導する氏子組織などの行列が、四条通を西に進んだあと、
愈々神輿のお出ましです。

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西楼門前の様子です。石段の真ん中の通路を残して、ぎっしりの人々人々。
皆さん西日をまともに浴びて暑そうです。
私は、左手の狛犬の下に立っていました。

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石段下の北西角の様子です。こちらも一杯の人です。
↑と共に、6時前の現場の様子です。

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神輿の先導をする氏子代表らの行列は、西日を浴びつつ、西に向かいます。

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最初は「中御座」の登場です。ご祭神は、スサノオノミコトです。
神輿の頂には、鳳凰が飾られています。
担ぎ手は、三若神輿会の皆さんです。
差し上げの後は、四条通の少し西の位置で待機されました。

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「東御座」には子供神輿があり、「東若御座」と言って、四若少年部(小・中学生)が担いでいます。

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続いて「東御座」が登場です。ご祭神は、スサノオの妻・櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)です。
神輿の頂には、葱花が飾られています。
担ぎ手は、四若神輿会です。
差し上げの後は、東大路通の少し北に待機されました。
 (この辺りから、漸く西日がビルの陰に隠れ始めました)

 次は「西御座」ですが、私の立つ位置が良くなくて全く見えませんでした。
目の前に石碑や幟などがあったためです。
 なお、「西御座」のご祭神は、スサノオとクシイナダとの子供の八柱御子神(やはしらのみこがみ)です。
神輿の頂には、鳳凰が飾られています。
この神輿は、3基の中で最も大きくて重いそうです。
担ぎ手は、錦神輿会です。

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3基が揃ったところで、まず森・八坂神社宮司のご挨拶があり、その後に
門川・京都市長や山田・京都府知事のご挨拶がありました。
宮司さんの右後ろが市長(黒の羽織)、その右隣が知事(法被姿)です。

 そして、愈々3基の神輿による差し上げ・差し回しが始まります。

  
 このまま↓をご覧ください

”祇園祭2012” 神幸祭・出発式 その2

 からの続きです 
八坂神社・西楼門下の四条通と東大路通一帯で、愈々待ち兼ねた3基の神輿による
「差し上げ・差し回し」が始まります。

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その前に、神幸祭の安全を祈念して、神職による「お祓い」がありました。
左下の外人さんには通じない様ですね。

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東大路通に待機していた「東御座」から始まりました。

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「西御座」も始めましたが、木に邪魔されて見えません。

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「中御座」(左側)も近寄って来ました。

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左の方にいる筈の「西御座」が、中々中に入って来ません。苛々します。
これで3基が揃って、差し上げなから回っているのですが、3基とも用心してか、
大きな渦の塊になりません。
隙間が有り過ぎです。迫力不足です。
只今時刻は、午後6時25分頃です。

 担ぎ手の勇ましい掛け声や神輿の飾り金具の音など、そして観客の拍手など熱気も最高潮に達しました。
約15分間位続いたでしょうか。

 やがて3基の神輿は、それぞれのコースに従って町内を巡り、最後は四条通新京極の「御旅所」に到着し、24日まで安置されます。

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やつと西に向かう「西御座」を拝観することが出来ました。
その先を行くのは「中御座」です。「東御座」は、北に進みました。

 
 ご覧頂いて、見辛い個所が幾つか有ったことと思います。
神幸祭の雰囲気だけ!でもお判り頂ければ有り難いです。
 

尚、"祇園祭"の記事はカテゴリー"
祇園祭"をご覧ください。

2012年7月19日 (木)

”祇園祭2012” 山鉾巡行 その3

 前回の続きです。
山鉾巡行も、漸く全体の半分を越えましたが、まだ「前祭」(さきのまつり)
の部分です。
 昭和40年までは、17日の「前祭」と、24日の「後祭」(あとのまつり)
との2回に分けて行われていました。

 21番目は「放下鉾」(ほうかぼこ)です。

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鳳凰の前立を付けた稚児人形は「三光丸」と言い、3人の人形方が、
稚児舞を演じています。少し人形の動きが判りました。
内面の豪華さにびっくりです。

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そして、見送りにも驚きです。何とモダンな!
染織作家の故・皆川泰造氏作の「バグダッド」と言う作品です。

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 22番目の「岩戸山」です。車があり、囃子方が乗っていても”山”です。
天照大神の岩戸隠れの神話による山で、屋根の上に「イザナキノミコト」が乗っておられる、色々と不思議な曳き山です。

 愈々私が好きな山鉾の1つ、23番目の「船鉾」(ふねほこ)です。

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堂々たる「船鉾」の登場です。「前祭」の最後となります。

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普通鉾は櫓を組み立てて、車輪を付けるのに対して、船そのものに車輪を付けると言う大胆な発想ですね。

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「船鉾」は、後部も豪華です。
船ですから、立派な飛龍文の舵も付いています。

 以上で「前祭」の山鉾巡行が終り、次からは「後祭」の巡行になります。
今年の「後祭」の10基の巡行順が変更されました。
狙いは伝統的な祭りの姿に戻すためとのことで、江戸後期の姿に近づけたと言われています。

 そして、140年ぶりに「後祭」の先頭に戻ったのが、この「橋弁慶山」で
24番目になります。

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弁慶と牛若丸が五条大橋で戦う姿を表わしています。これらの人形には、
永禄6年(室町時代・1564年)の銘があるそうです。

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25番目の「北観音山」です。こちらも鉾と変わりませんが「山」です。
(「鉾」と違うのは、真木はなく、神の依り代の松の木が建てられています。)
装飾はどれも豪華です。

「北観音山」の後ろには、2つの山が続いているのが見えます。
車輪が付いた山鉾の90度転換(辻回しと言って人気の場面です)は時間が掛かりますが、担ぎ山は転換は簡単です。
従って、時間差が大きく生じてしまいます。

           このまま↓をご覧ください。