2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

お勧めブログ

無料ブログはココログ

京都御所・京都御苑

2015年3月31日 (火)

3月28日・満開の京都御苑「糸桜」

 3月28日は文句なしの晴天でした、
京都は観光客で溢れ返っていました。特に京都駅周辺や地下鉄の京都駅と東西線と烏丸線の乗換駅の烏丸御池は・・・・

京都御苑の糸桜は、前回は
22日の様子をご紹介しましたが、その後の様子が見たくて、いいえ、日曜日の天気予報は雨。もしかしたら?の心配も有り、午前中に行きました。

004

既に大勢の観光客で、人を撮っているのか桜をとっているのか?

005

いずれにしても見事な、真っ白な綿菓子のような桜の塊です。
日本人は桜が好きですね。撮っていても嬉しくなるのが桜だと思います。


006

写真を撮っている人、ベンチに腰かけてお弁当を広げている人、平和そのものの光景です。その後で植物園に行きましたが、7分咲き位の枝垂れ桜の下で、お弁当を広げている家族を見ました。

007

3本の糸桜の木が有るのですが、何処もカメラマンの行列?です。
勿論、私もその一人ですが。


001

  京都御所にあった公家屋敷の中で最後に残った貴重な建物として 重要文化財に指定されている、冷泉家のお庭に咲いている桜です。
後ろの建物は同社大学今出川キャンバスです。
 何故か上品な佇まいに見えるのですが・・・
おにぎりを買ってくれば好かったと後悔しながら、520円のランチでお腹を満たしました。
その後 京都ひと まち交流館で「亰てまり」を拝見して、京都府立植物園へ向かいます。


「京 歩き」は残容量が少なくなり、4月から「京 歩き(2)」、ブログを作ります。引き続きご覧戴きますようお願いします。

2015年3月25日 (水)

京都御苑の黒木の梅と糸桜

 3月22日の午前、京都御苑の南では梅が、北では桜が咲いていました。

 先ず南の梅ですが、「黒木の梅」と言われている梅です。

021a

旧九条家邸の近くにあります。九条家邸にあったものが移されたと聞いています。

026a

ほぼ満開に近い状態でした。
遠くに見えるのは、京都御所の「建礼門」です。そして、その後ろに見える大きな屋根は、「紫宸殿」です。
この広い道は、「葵祭」や「時代祭」の行列が出発して通るところです。

029a

陽光を一杯に浴びて、気持ち良さそうです。

 次に、北の方にある「旧近衛邸跡」の糸桜を見に行きました。

032a

旧近衛邸跡の手前にある早咲きの糸桜です。

036a

皆さん良くご存じの様で、多くの人が来られていました。
咲き始めたところの様です。

037b

ここの桜は、四方に大きく枝を広げているのが特徴です。
花が多く咲いている枝を選んでみました。

042a

咲き具合を良く見ますと、こんな様子でした。3分咲き位でしょうか。

 この後、御苑内の桜の様子を見て回りましたが、未だ開花には至っていませんでした。

 




2015年3月 1日 (日)

今年初めて京都御苑を散策しました

 2月21日は久しぶりの「言う事なし」の晴天。しかも翌日は雨の予報。
今年初めて亰都御苑を散策しました。
目的の一つは勿論!梅の花です。
 期待半分で出かけましたが、ご覧のように木
によってまだ早かったり、♪遅かったのかい、だったりでしたが、可憐な梅の花に出逢えました。

0031

朝の京都御苑ですが、梅の花を愛でながら数名の方が散策しておられます。

008

近寄って写しました。
朝陽を戴いて嬉しそうな白梅の可憐さに見惚れています。

007

出水の小川に咲く白梅です。
空気が綺麗で静かな佇まいの風景です。流石は広い京都御苑です。

012

梅林に向かう途中で見つけた紅梅ですが、あまり花姿は綺麗だとは言えませんね。

014

↑と異なった木に咲いていましたが、花色が違いますね
残念ながらどちらも花色は褪せていました。


013

可憐な蕾が沢山有り、これからが愉しみです。

010

艶やかなソシンロウバイの花も見られました。

暫く京都御苑を散策した後は今出川に出て、市バスで天神さんに向かいました。














2015年1月14日 (水)

京都・迎賓館を再び

 過日、インドのモディ首相が来日され、京都(和風)迎賓館に泊まられたという新聞記事を見て、以前に撮った迎賓館の写真があったことを思い出して、再び「迎賓館」の記事を作りました。この写真は一般公開時のものでは無く、特別に館内を見学した時のものです。

 モディ首相は、この時安倍首相とも会っておられ、ここで食事を共にされ、宿泊されました。また東寺や金閣寺などにも安倍首相と散策され、また、IPS細胞研究所を訪れ、山中所長とも会談されました。

 では、「京都(和風)迎賓館」を、ご覧戴きましょう。

Img_2728a

正門を内側(車寄せ)から見ています。

Img_2725a

玄関前の回廊です。

Img_2736a

 「夕映えの間」の東の壁面を飾る「比叡月映」(ひえいげつえい)です。
西には「愛宕夕照」(あたごゆうしょう)が見られます。
 京都に住む私達には、常に見慣れた景色です。
日本画家の箱崎睦昌氏の下絵を基に、綴れ織りの技法を用いて制作された織物です。縦が約2.3m 横が約8.6mもある超大作です。
 この間は、大臣会合などの会議や、立礼式のお茶のおもてなし、晩餐会の待合としても使用されるそうです。

Img_2743a

 「藤の間」(晩餐室)です。京都迎賓館で最も大きな部屋で、洋食の晩餐会や歓迎セレモニーの会場として使用されるそうです。
 壁面の装飾は、日本画家の鹿見喜陌(しかみきよみち)氏の下絵を基に綴れ織りの技法を用いて作成された織物です。
縦が約3.1m 横が約16.6mもあります。
日本の草花が39種類も散りばめて、織り込まれています。

そして、その天井です。

Img_2740a

 「京指物」(きょうさしもの)の技能を用いて、杉の骨組みに美濃和紙を貼って造られています。鉄釘を一切使用せず、ホゾを組合せることで、板と板を組み、差し合わせて造ります。この光天井は、可動式の照明でもあります。

 では、これからは目を外に向けて見ましょう。

Img_2752a

 迎賓館の造園には、16代佐野藤右衛門さんを棟梁として、有名な造園業者5社が担当されたそうです。「桐の間」(和の晩餐室)から見たお庭です。

Img_2765a

渡り廊下から見たお庭の北側です。奥に見えている木々は、京都御苑のものです。

Img_2756a

 和会食棟「滝の間」から望む大滝です。巨石を組んで造られています。
真ん中の石は、なんと46トンもあるそうです。

Img_2771a

 視点を変えて、お庭を見ました。赤松と苔とで構成された簡素なお庭です。
奥には、土橋も見えます。

 「京都迎賓館」は、1990年7月に、地元の官民共同の願いとして、要望書が提出されたことから始まりました。 

 工事が始まったのは、2002年3月でした。
2005年2月には、建設工事が完成し、調度品などが運び込まれました。
その年の4月17日に、開館披露式典が行われ<、
小泉首相などが出席されています。5月6~7日には、アジア欧州会合(第7回)の外相会合が初めてここで開かれました。
 そしてその年の8月には、初めての一般参観も行われました。

2014年12月11日 (木)

秋の奈良を旅して歩く (かんぽの宿 奈良)おまけ付き

 

 旅の楽しみの1つはやはり少し贅沢をして美味しい料理を戴くことですね。
1泊した「かんぽの宿 奈良」は温泉は勿論ですが、お料理もいつも美味しいです。
 この日の夕食「万葉の華」です。

012

                月見豆富

013

             松茸土瓶蒸し

014

               お 造 り  

015_2

                秋の吹き寄せ(3人分)

016

                 季節の煮物

018

             牛しゃぶ 野菜色々(紙鍋)

019

                酢 の 物

020

         栗釜飯 赤出汁 香の物

021

               果実盛り

3人とも全部は食べられないなあと言いながら完食です。
朝食はバイキングでした。
これも3人とも好きなものを選んで予定より?たくさん戴いてお互いに吃驚です。 
柳生街道・滝坂の道を歩いて疲れた体も心も満足満足でした。 

 
さて、お話はがらりと変わりますが、京都御苑内にある春には「糸桜」で有名な「近衛邸跡」 の庭園の池の畔に、美しく紅葉した木を見付けましたので、ご紹介したいと思います。
  少し時間があったので、御苑の中で、何時もは余り歩かないところを歩いていました。今出川通に沿った内側の小道でした。そして、この紅葉に出合ったのです。木々が茂っていて、やや薄暗いに中に、ぱっと明るい紅葉に、思わず「目が点」になりました。

004a

池に架かる石橋の近くにありました。
近衛家の養女となって、徳川家に嫁ぐ前の「篤姫」は、東上の途中ここを訪れ、この庭園を散策されて、この石橋を渡っただろうと思います。その時にも、この木はあったた゛ろうか?もう100年以上も前のことですから、多分この木は未だ無かったでしょうがね。

012a

池の水面に映った紅葉です。「逆さ紅葉」と申しますか。100%水面です。
水面は、時々微かに揺れていました。風も無いのに何故でしょう。
鯉などの姿も見えませんが・・・

(12月6日の午後撮影)
御苑内の紅葉は、峠は越えましたが、未だ所々で美しい紅葉が見られました。





  

2014年11月 5日 (水)

2014・京都御所 秋の一般公開へ

 
 京都御所の一般公開、春(ここ)と(ここ)に続いて秋も拝観させて戴きました。
ご存知のように京都御所は南北朝の時代から明治までの500年以上に渡って、歴代の天皇が住まわれた場所です。
 今年の秋は、天皇・皇后両陛下の傘寿を祝い、何時もより2日間長い7日間の公開です。最終日の前日の11月4日(火曜日)の午前中に行きました。

 時々雲が懸りましたが、今秋の最低の冷え込みも、陽が当たると気持ちの良い暖かさとなり、清々しく拝観させて戴くことが出来ました。

002a

春に続き、秋もこの「建礼門」(御所の正門)が開かれていました。
朱色の門が「承明門」、その先の大きな屋根が「紫宸殿」です。

003a

「宜秋門」から入って先ず目にするのは、この「御車寄」に飾られている季節の生け花です。
黄色い菊の花と真っ赤な実の対照的な美しさに、暫し足が止まります。

004a

「御車寄」から「諸大夫の間」に行く途中の門の傍の木が、色付き始めていました。御所全体を見ても、未だ紅葉は早い様に思いました。

006a

「新御車寄」の玄関には、上皇や内親王がお使いになった「牛車」(ぎっしゃ)が展示されていました。葵祭などでも、ぎぃーぎぃーと音を立てながら行列に加わっているのを見掛けます。

012a

「承明門」の回廊には、毎回季節の花が、豪華に飾られています。3つ並べられていましたが、手前のが最も秋らしく素敵でした。

013a

「紫宸殿」前では、立ち止まったり、写真を撮ったりとする人が多かったです。
皆さん、「紫宸殿」の大きさや見事さに見惚れておられる様でした。

014a

「紫宸殿」から振り返って「建礼門」を見ています。
遠くには町中のビルなどが見られます。滅多に見られ無い光景です。

018a

「紫宸殿」横の回廊には、「板輿」(いたこし)が、人が乗った形で展示されていました。人が乗る「屋形」の部分は素木(しらき)の板で作られています。
幅 83cm 奥行 91cm 高さ 108cm です。
中の人形は身長 150cm位とか。
昭憲皇太后(明治天皇の皇后 当時満20才)が、東京奠都の際、明治2年10月5日に、京都から20日間掛けて東京まで移動された形を再現したものの様です。かなりしんどい旅だったことでしょう。

030a

「御学問所」には、この様な人形が全部で6体、展示されていました。
「女踏歌」(おんなとうか)を舞っている様子です。
正月の十六日の夜に行われる舞で、地を踏みしめ、拍子をとって歌いながら舞うそうです。平安時代から江戸時代にかけて、行われていたそうです。
舞う女性を「舞妓」(ぶぎ)と言い、唐装束に桧扇と帖紙をかざして舞います。

035a

「御常御殿」では、その前に拡がる「御内庭」をご覧になるお二人の姿がありました。お二人の関係は、判りませんが、ご想像にお任せします。

041a

「御学問所」の北側の内縁には、こんな襖絵が展示されていました。
「四季花鳥図」です。「皇后宮常御殿」の御寝の間(皇后の寝室)にある襖絵
18面で、東に春 南に夏 西に秋 北に冬の様子が描かれていて、展示されているのは、北側のものです。
南天の実をくわえるひよどりや水辺のオシドリなどが描かれています。
筆者は岸駒(がんく・岸派の祖)の長男・岸岱(がんたい)です。

042a

ヒヨドリの部分を拡大しました。
 今日は、連休明けとあってか、比較的拝観者は少なかった様に思いました。
御所は広いですから、多くの人が居ても、混雑感は殆ど感じません。









2014年8月18日 (月)

閑院宮邸跡に庭園復元 早速拝見

 京都御苑の南西にある「閑院宮邸跡」で、明治中期に造られたとされる庭園が復元されたと聞き、御苑の桜見物の後で拝見しました。

025a

平成18年3月に、復元再建された「閑院宮邸跡」の玄関部分です。
立派な門をくぐると、この場所に至ります。
内部の見学は、氏名等を記帳したら入れます。

023a

ここでは、京都御苑の自然や歴史などが学べる資料が展示されています。

中には入らずに、今回公開されている方に進みます。

005a

「閑院宮邸跡」の西側には、かつては「旧宮内省京都支庁の所長官舎がありました。それを平面復元されています。
手前の石は、官舎の玄関です。玄関を入って右側は私宅部分で、左側は来客
部分です。今回復元された庭園は、この奥にあります。

011a

復元された庭園のほぼ全景です。左側は、所長官舎の南端です。

012a

地元新聞の紹介記事によりますと、「池には海辺の景色を表した「州浜」(すはま)を忠実に復元した」とありました。

013a

池の水は澄み切っていて、色んなものを映し込んでいました。

014a

池の傍に植えられていた「白椿」が、沢山咲いていました。

022a

こちらの庭園は、「閑院宮邸跡」が復元再建された時に、こちらも復元されたお庭です。左手には、小さな建物「待合」が造られています。

 「閑院宮家」は、江戸時代の四親王家の一つで、第119代・光格天皇は、この「閑院宮家」から皇統を継がれました。

ご訪問ありがとうございます
都合により、暫くコメント欄を閉じさせて戴きます。



2014年4月18日 (金)

京都御所の一般公開 2014 (その2)

前回の続きです。 京都御所内を、指定の順路に従って歩いています。
 「紫宸殿」から「清涼殿」に来ました。平安時代には天皇が日常の御生活の場として使用されていた御殿です。

020a

今回ここに立って見て、初めて気が付いたのですが、御殿の前の空地の広さです。手前側にもう少し空地が広がっています。
何故こんなに広い空地が必要なのかな?と思いました。左手は「紫宸殿」の裏側になります。あるいはその為かも知れませんね。
横幅の広い「紫宸殿」に合わせた結果かも?

 次の「小御所」では、初めて公開された「大宋屏風(たいそうのびょうぶ )」が拝見出来ました。

026a


平安時代から、宮中の重要な行事に良く使用された調度品です。
打毬杖を肩にした唐人の歩行6人と馬上6人が描かれています。
普段は、「清涼殿」の夜御殿に置かれているそうです。

023a

その使用場面の絵です。「五箇条御誓文」 懐かしい言葉です。
他に年中行事の「四方拝」でも使用されていたそうです。

032a

「御常御殿」での人形展示は、2つありました。こちらは、「関白」が天皇に拝謁している場面ですが、天皇の姿はありません。

036a

その隣には、天皇が女御と盃酌(はいしゃく)を執り行っている場面です。
盃酌とは、盃を酌み交わすことです。庶民の様に、まあ一杯どうぞと言うわけにはいかないのですね。

046a

「御学問所」の縁側には、こんな「杉戸絵」が展示されていました。
「清涼殿」北側から、「小御所」へと向かう廊下(御拝道廊下)にある杉戸絵だそうです。
本多米麓描く「鶴」です。御所内には鶴を描いた障壁画が大変多く、8種121面もあるようで、鶴が合計 234羽も描かれているとか。
左隣には、「寿老人」の絵も展示されていました。

以上で、建物の拝見は終わりです。
御所を退出して、御苑の桜の様子を見て回りました。
一般公開の出口の「清所門」の近くにある「車返桜」が、丁度見頃でした。

054a

「車返桜」の名前には由来があって、後水尾天皇が外出されようとした時に、
この桜をご覧になり、乗っておられた牛車(多分?)を引き返されて、改めてこの桜をご覧になったと言う言い伝えによるものです。

055a

近くに寄って見ました。極薄いピンクの八重のようですが全部で3本ありますが、恐らく何代目かでしょうね。

今年の京都御所の春の一般公開は、4月9日から13日まででした。

2014年4月17日 (木)

京都御所の一般公開 2014 (その1)

 今年の「京都御所」の春の一般公開が、4月9日から始まり10日の午前に拝見して来ました。人出は少し少ない感じがしましたが お天気も良くゆっくりと拝見出来ました。
今回、特別に公開されている事物を中心にご紹介します。

002a

 今回の公開の1つの見どころは、御所の正門の「建礼門」が、17年ぶりに開放されたことです。テレビなどでも報道していたと思いますが。

この「建礼門」が開放されたのは、天皇陛下の傘寿(さんじゅ)を祝ってのことだそうです。この門を通ることが出来るのは、天皇陛下の他極く限られた方のみだそうです。「承明門」(朱色の門)の先に見える大きな建物が「紫宸殿」です。

008a

開放された「建礼門」の内側から、外を見ています。
京都御苑の中で、最も広い道路で「葵祭」や「時代祭」の行列が出発するところです。

016a

一番目の写真とは反対の位置から撮ったものです。
即ち、「紫宸殿」の前庭から南の方向を見ています。
手前の朱色の門が「承明門」、その先が「建礼門」と言うことになります。

 それでは何時も通りのコースを進みながら、今年の見どころをご紹介して行きます。

003a

一般公開の入口の「宜秋門」をくぐって、先ず目に入るのが「御車寄」の玄関に置かれている生け花です。如何にも春らしい生け花でした。

005a

その次は、「新御車寄」の玄関に置かれていた2基の衝立で、「馬形障子」と言うそうです。
午年に因んで展示されたそうで、右は「跳馬」(はねうま)、左は乗馬の打毬」(だきゅう)を画いたものです。
この絵は、安政内裏御造営(1855年)の際に画かれたものですが、「馬形障子」は平安時代から設えられていた伝統的なものだそうです。

013a

「紫宸殿」の前の「左近の桜」は、残念ながらこの様な姿でした。

 次回に続きます。

2014年4月11日 (金)

冷泉家の桜と京都御苑に咲いていた白木蓮

 地下鉄・今出川駅から、京都御苑に向かう途中に出合った一本の桜の木でした。

001a

それは、「冷泉家」の桜です。御苑の北にある、同志社大学今出川キャンパスに囲まれる様に建つ、唯一現存する公家屋敷「冷泉家」で、桜は「冷泉家」の東端にありました。

 そして、京都御苑の「今出川御門」から入って、桃の花を愛でながら散策していて見つけた1本の立派な白木蓮です。
毎年のようにここに来ますが何故か見落としていました。


026_2 


031 

背景は京都御所の辻塀です

027 

枝の向き 細い若い枝は斜め上に伸びます
何となくとりとめの無い枝に見えますが・・・


029

花の向き 上向きもしくは斜めの上

024

花の大きさは8から10㎝
花びらは9枚(正確には花びら6枚花びらのように見える「がく」です

花は写真を撮って初めて解る・学ぶも有りますね

より以前の記事一覧