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2015年3月13日 (金)

京都の魅惑的な地名(4)天使突抜町

 京都市内の地名の不思議さ・面白さを、高野 澄先生のお話を聴いて以来、実際にその場所に赴き、実感を味わっています。
 今回は、「天使突抜町」です。「突抜町」と言う地名は、市内のあちこちにもありますが、「天使」と付いているのは、ここだけです。
 一見した時、「天使突抜町」なんて、ふざけた名前だと思いますが、ちゃんと歴史があり、謂れもあるのです。

 先ず、その通りは、「西洞院通」の一筋西の通りで、北は仏光寺通から、南は木津屋橋通までの、全長約1.5Kmある短い通りです。
 正式には、東中筋通と言います。
 通りの誕生は、豊臣秀吉の京都改造によって出来た通りです。

 「天使」とは、この神社のことです。

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下京区西洞院通(手前の道)松原下ルにある「五条天神社」(正面)です。
昔は、ここを「天使の社」と呼ばれていたそうです。

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拝殿に近寄って見ました。周りを高いビルに囲まれています。
平安遷都の時に、弘法大師が大和宇陀の天神をこの地に勧請したと言う
古社です。
弁慶と牛若丸との戦いも、この場所だとも言われています。

006a

松原通に面した鳥居です。
右手の石碑には、「皇国医祖神五条天神宮」と刻まれています。
昔は医薬の神として、庶民の信仰を集めていたそうです。

豊臣秀吉の京都改造で、「五条天神社」の境内を突抜けて、新しい道が造られました。秀吉は新たに町中を突抜けて道を造り、住宅を増やして、税収を増やしました。

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西洞院通と油小路通との間をぶち抜いて、新しい道を造りました。
この通りが、「天使突抜通」です。北から南を見ています。
ご覧の通り、道幅の狭い道路です。そして、何の変哲も無い道路です。

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「天使突抜町」は、1丁目から五条通を越えて、4丁目まであります。

017a

五条通を少し上ったところから、北を見ています。
女性達が集まっておられるところは、鉄道の会?とか表示が見られたところです。

 始めに書きました様に、秀吉の京都改造により、多くの「突抜町」が出来ており、地図を見ていますと、幾つかの突抜町の文字が見られます。
 平安京を造った町並みの一角が、120m四方では、広過ぎて住み難くなり、また税収を上げるために、真ん中に道をぶち抜いて、多くの矩形の町を造りました。

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