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2015年1月 9日 (金)

京都・二条城のお正月(その1)

 寒さ厳しい京都(午後から大雪になりました)の元日の午前中に、「二条城」を訪れました。「二条城」は例年4日からですが今年は元日から開城されていました。
 「二条城」は、ご存じのように、元離宮で国宝と重文、そして世界文化遺産登録のお城です。

 「東大手門」は、改修工事が始まっていたために、「北大手門」から入城しました。なんでも一般人がここから入城するのは、二条城開城以来初めてとのことです。

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今回の入城口の「北大手門」には、両側に門松が立てられていて、お正月気分を盛り上げていました。「北大手門」は、ご覧の様に頑丈な鉄鋼製の門です。

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「北大手門」を入ったところでは、「二条城」を造った徳川家康さんがお出迎えくださいました。
「二条城」は、家康さんが造り、3代家光さんが大きくし、その後14代家茂さんまで、どの将軍も来ていません。そして、最後の将軍・15代慶喜さんが、ここで大政奉還して、400年間の幕を閉じました。
 外堀の東側に沿った道には、代々の将軍の「二条城」に対する想いを、簡略に書いた立札が並んでいました。「忙しい」「金が無い」「体力が無い」などと、来なかった訳が書いてあります。

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「東大手門」から入った時に、正面にある立派な土塀です。右の大きな屋根は、「二の丸御殿」です。
「二条城」は、もう平和になろうと言う時に、平地に建てられたお城ですから、城としての防御性は殆ど無いと言われています。その必要性は無かったのでしょう。
ですから、この土塀は装飾性や威厳を保つためのものと言えます。
「北大手門」から入ると、この位置から土塀を見ることになります。

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さらに、その位置から振り返って見ると、こんな光景となります。
倉庫群です。どんなものを入れていたのでしょうか。

「二の丸御殿」の方に回って見ました。

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「二の丸御殿」の入口に当る「唐門」を、内側から見ています。
昨年修復された後、ご紹介したと思いますが、華麗な立派な御門です。

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「二の丸御殿」の玄関・車寄です。今日は中には入れません。
「二の丸御殿」は、ここから入って、遠侍・式台・大広間・蘇鉄の間・黒書院・白書院と建物が「雁行」(雁が飛ぶ様な形)しています。

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釣鐘が2つ置かれています。「二の丸庭園」の入口ちかくです。
説明板によりますと、幕末の世上風雲急を告げる時、この釣鐘は二条城と北側にあった所司代とに置かれ、連絡を取るのに使われたそうです。
明治に入って、二条城に一時京都府が置かれた時も、非常時に備え使用されたそうです。
庭園巡りの続きは明日ご紹介します。

 

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