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2014年10月18日 (土)

兵庫県篠山市探訪 (5) 篠山城跡

 重伝建群の「河原町」の中にある「栄亀堂」で、お昼を済ませてから、「篠山城跡」に向かいました。「河原町」から西へ、歩いて約20分位のところです。

 この「篠山城」は、徳川幕府が西国大名の監視のために置かれた城で、築城の第一人者・藤堂高虎の縄張り(設計)で行われた平山城です。
 方形が約400mと小規模のお城で、別名「桐ケ城」とも呼ばれているそうです。維新後に城は取り壊されましたが、現在は「大書院」が復元されており、石垣などの城郭遺構はほぼ昔のままの姿を留めています。
 なお、城主は譜代大名の「青山家」で最終では、6万石でした。

 「河原町」の入口から、「篠山城跡」に向かうには西に歩きます。
 そして、行き着くところは、城の南東角にある大きな外濠に出会います。

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「南外濠」です。右寄りに石垣の一部が見えます。

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「南外濠」の南側には、このような建物が見られました。
略地図を見ると、「武家屋敷」とは書いてないので、古民家のようです。それも豪農クラスのものではないかと、想像します。

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「東外濠」から「北外濠」に回って来ました。
豪壮さは感じませんが、整った美しさを感じました。

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城跡の入口に立てられていた案内板を撮りました。
右下の「2」の数字の所から、城内に入ります。
右下・左下・右上の3カ所の出っ張りを「馬出し」と言い、軍勢を整える場所です。全国的にも、残っているのは、ここだけだそうです。
「10」が「大書院」(後でご紹介します)です。

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「篠山城跡」内に入る入口です。上の図面の「2」の場所です。

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ここは所謂「本丸」に当たるところです。隅櫓はあったようですが、天守閣は無かったようです。それに相当するのが、向こうに見える「大書院」です。大規模な木造平屋建築で、昭和19年に焼失しましたが、半世紀ぶりに復元されました。一大名の書院としては、破格とも言える規模です。

 この後は、城跡の外周にある「武家屋敷」跡を見に行きました。

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