2015年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

お勧めブログ

無料ブログはココログ

« 京都府立植物園 芍薬の花を愛でる | トップページ | 京都・嵯峨祭の還幸祭を拝観しました (その2) »

2014年5月29日 (木)

京都・嵯峨祭の還幸祭を拝観しました (その1)

 「嵯峨祭」の還幸祭で、行列が初めて嵐山の渡月橋を渡られると知り、5月25日午後拝観に出掛けました。「嵯峨祭」のことや「何故渡月橋を渡られたか」については、記事の最後の方で述べさせて戴きます。

035a

先ず始めにに進んで来たのは「愛宕神社」のお神輿でした。
台車に載せて、ゆったりとした歌を歌いながらの巡行でした。
遠くに見える山は、正に「愛宕山」です。「愛宕神社」は、山の尖がったところにあります。

046a

続いて来たのは「野宮神社」のお神輿です。
「嵯峨祭」は、この2つの神社のお祭りなんです。
こちらも、のんびりとした巡行でした。

やがて「中の島」に全員が集まりました。
大きなお神輿が2基、子供神輿も2基、剣鋒が5本などです。

062a

大きなお神輿2基と剣鉾5本とがワンショットで見られました。

075a

剣鉾の1つ「澤瀉鉾」の上部です。
他に、牡丹・菊・麒麟・龍などがあります。
鉾によって上部の模様が変わります。

065a

子供神輿も2基あります。
手前が「野宮神社」のもの、向こうが「愛宕神社」のものです。
子供神輿と言えども、立派なものです。

 明日は、ここ「中の島」から御旅所への巡行の模様を、ご紹介します。
 大勢の可愛いお稚児さん達や、剣鉾の独特の歩き方なども楽しみました。

「嵯峨祭」について、資料から抜粋して、ご紹介します。

 ○嵯峨祭は、嵯峨の氏神・愛宕神社と野宮神社の例祭です。
 ○御旅所が、清凉寺の近くにあって神幸祭と還幸祭の基点になっています。
 
 ○氏子圏は、鳥居本・大覚寺など嵯峨一帯です。
 ○古くは大覚寺門跡が執行したとのことで、800年も続くお祭りです。
 ○松尾芭蕉も、落柿舎滞在中に、お祭りを見ていたそうです。
 ○文政年間に、大覚寺から地元の氏子に贈られて、以来氏子による祭とな
  なりました。
  
 

« 京都府立植物園 芍薬の花を愛でる | トップページ | 京都・嵯峨祭の還幸祭を拝観しました (その2) »

伝統行事」カテゴリの記事

嵯峨 嵐山」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1153718/56313718

この記事へのトラックバック一覧です: 京都・嵯峨祭の還幸祭を拝観しました (その1):

« 京都府立植物園 芍薬の花を愛でる | トップページ | 京都・嵯峨祭の還幸祭を拝観しました (その2) »