2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

お勧めブログ

無料ブログはココログ

« 植物園の蔓バラは如何ですか | トップページ | 信楽焼 窯元 小陶苑 »

2014年5月26日 (月)

滋賀県近江八幡市内を歩く その4

 前回の続きです
近江八幡市内を、まだ執拗?に散策しています。

050a

近江八幡を語る場合に、外せないのは豊臣秀吉の甥で一時関白にもなった悲劇の武将「豊臣秀次」のことです。
 
秀次は、八幡山城(向こうに見える山)を築城し、商都としての発展を目指して、城の防備と湖上交通を両立させた「八幡堀」を整備しました。

八幡山は別に「鶴翼山かくよくざん」とも言われます。山上までロープウェイが繋がり、山上には「村雲御所瑞龍寺」があります。
また、この場所は「新町浜」と呼ばれ、「八幡堀」の荷揚げ場所だったのでしょう。

「八幡堀」を、もう少し追って見ましょう。

054a

「八幡堀」が美しく見えるポイントの1つかと思いました。

053a

「新町浜」を、違った位置から見ています。

041a

この先は、「白雲橋」につながっています。

048a

今に残る「背割下水」です。城下町の整備の時に造られたものだそうです。

046a

今回は見学出来なかったのですが、近江八幡では地場産業の1つとして、「八幡瓦」が造られていました。その瓦を集めた「かわらミュージアム」があります。
このモニュメントは、その「八幡瓦」を使って造られたものでしょう。

 一度機会がありましたら、是非この近江八幡市を訪れてください。

 

« 植物園の蔓バラは如何ですか | トップページ | 信楽焼 窯元 小陶苑 »

京都府外」カテゴリの記事

コメント

 お早うございます
カルチャーショックを受けています
近江八幡を語る場合に悲劇の武将豊臣秀次の功績にいついてです
そんな事は考えもせず単純に眺めていました
もう一つは八幡堀が美しく見えるポイントの1つ
新町浜の風景は知らなかったです
初めて見る風景に思えました
近江八幡の地場産業の一つが八幡瓦で
かわらミュージアムが有るとか
古都人さんと多分同じように近江八幡を訪れていても
余りにも知らない場所や歴史が有って
もう一度この近江八幡市をゆっくり訪ねてみたいと思いました

↓の蔓バラは発想のユニークさに感心しました
何時もの事ですがお写真の素晴らしさにも

古都人さん
おはようございます
 やはり近江八幡の八幡堀は素晴らしい景観ですね
感性の問題でしょうか
お写真素晴らしく撮られていて、私の知っている八幡堀とは全く違って見えます
悲劇の武将豊臣秀次の無念に思いを馳せながらゆつくり散策されている様子
今まで唯、綺麗な風景とだけ思って眺めていましたがこれからは八幡堀の見方も変ると思います
歴史を知って訪れる事は単なる風景を楽しむだけでは無くて
造られた時代や背景も重なって見えるように思いました
恥かしいですが城下町の整備の時に造られた「背割下水」は目にも留まらず
背割下水の言葉も初めて知りました
いつも古都人さんのブログでは学ぶことが多く、感謝しています
そして↓の蔓バラ綺麗ですね
このアングルは私には想像すら出来ませんでした

古都人さん
 お早うございます
どのお写真も綺麗ですね
「旅心に誘われるなあ」と清々しく眺めていましたが、
私には「八幡堀再発見の旅」のような気がしてきました
「新居浜」と呼ばれかって八幡堀の荷揚げの場所だった
そう聞けば川幅も広く成程と思えます
でも実際はこの地は知りませんでした
ここまで足を延ばしていなかったと思います
そして近江八幡を語る場合に・・・豊臣秀次のことです
秀吉を陰で支えて、華やかな歴史の舞台には登場しなかった人ですが
その功績は大きいのですね

何処も同じだと思いますが歴史や背景を知って旅すると
何倍もの感慨を受けるのですね
知識が現実のものとなるのですね
古都人さんのブログを拝見していていつもそんな事を思います
 

植村さんへ
お早うございます
そうですね 近江八幡と言う町は意外に見所が多い町だと思います
やはり歴史のある町ですね
自然もあります 水郷の町でもあります
豊臣秀次の本当の姿はどんなだつたか 私は大変興味を持っています
きっとその姿は歪められたものではないかと想像しています
地元では善政を敷いたとも聞きます
そうですね もう一度違った目でご覧戴けたらと思います
遡ってのコメントも有難うございます
蔓バラの美しさを再発見しました

古都人 おはようございます。

先程アドレスにメールを入れておきました、ここですみません。
近江八幡は古くは商人となした人々が、都京都に近くの影響かと
思いますが古き時代を教えてくれる八幡の街ですね。

八幡掘りは美しい景観です。そこにはバイカモ(水中植物)は
ありませんでしたでしょうか、写真では見えません。
私は、自然の植物のことが浮かんできてしまいます。

古都人さんのブログで歴史のこと学させて頂いています。
ありがとうがざいます。

taekoさんへ
お早うございます
そうですね 八幡掘は時代劇には打って付けの場所ですね
恋人達の語らいのシーンや回想のシーンや追われている人が
逃げる時のシーンなど数多く見られますね
雰囲気が何とも言えず素敵です
私の大好きな場所の1つです
歴史と重ね合して見ていると時の経つのも忘れます
そうですね 時代が違っても下水のことは生活には欠かせない
設備と言えますね
遡ってのコメントも有難うございます
嬉しいお言葉にお礼を申し上げます

sasayuriさんへ
こんにちわ
有難うございます
そうですね 気が付きませんでした 
水は綺麗ですから多分あるのかも知れませんね
ここの水は琵琶湖から引いたものです 緩やかに流れています
近江商人は江戸時代は全国に商いを広げていた様です
手堅い商売で財を成したと聞きます

古都人さん  こんばんは
新町浜、八幡堀の景観、素敵にお撮りに成りましたね。
素晴らしさに魅入っています。
現在の景観なのに、お写真は歴史を併せて
八幡堀の古を重ねて見れそうです。
商都として発展を目指し、城の防備と湖上交通
八幡堀に行き交う舟を思い描いてみています。
歴史に疎い私は、悲劇の武将豊臣秀次も学びました。
そして背割下水の事は初めて知り
造られた年代と役割、それが今に続いている事の
素晴らしさも・・・
地場産業の一つに「八幡瓦」が有るのですね。
モニュメント、素敵ですね。
「かわらミュージアム」興味深いです。
確か瓦でメロディーを奏でたり・・・

植物園の蔓バラ、可愛い微笑みが素敵です。
蔓バラは独特の雰囲気に夢が有り魅せられます。
青空と蔓バラはベストカップルですね。

古都人さん、こんばんは~♪
旅の楽しみ方は人それぞれですが、
歴史を知って旅をすると、何倍も楽しみが
深まりますね。
秀次が八幡山城を築城したことはバスガイド
さんに聞いたような気がしますが、すっかり
忘れていました。改めて勉強させて頂きました。
「八幡堀」のお写真、とても綺麗に
撮れていますね。
4枚目のお写真の柳のそばに佇み、お友達から
写真を撮っていただいたことを思い出しました。
「背割下水」や「八幡瓦」のことは知りませんでした。
もう一度訪ねたら、また違った目で近江八幡を
見ることができるかもしれません。
いつも素敵な御紹介、ありがとうございます。

こんばんは
京都の次に行ってみたい近江八幡。
やはり素晴らしいです。
豊臣秀次の悲劇を知りながら歩けば
景色の中にまた違った風が吹くのでしょう。
旅情を掻き立てられます。
あたかも人の気配がないように思える
古都人さんのカメラワークに
心が入り込んでしまいます。

こんばんは~

名神の集中工事のお陰で2時間も帰りが
遅くなりました。

私も春先に行きましたが大好きなところです。
今頃は花菖蒲かな?
それともカキツバタなのかしら?


こんばんは (◎´∀`)ノ
近江八幡、こんなに素敵な街だったのですね。
水郷めぐりの船があることは旅番組で見て知っていましたが、このようなきれいなお堀があるのですね。
お堀沿いの建物も風情が感じられます。
また、この街が瓦づくりも盛んなことも初めて知りました。
機会あれば訪れてみたい街です。

↓ 記事ももちろん拝見しています。
青空に蔓バラが映えますね。
私も先日、バラを題材のブログを更新しましたが、バラは『絵』になりますね。
特に青空を背景にすると、より美しく鮮やかに見えますよね。

すみれさんへ
お早うございます
何時ものことながら丁寧で優しいコメント有難うございます
そうですね 近江八幡のこの辺りの景観は豊臣秀次が
城下町として開発して出来たものだと思います
良くは語られない彼の業績は中々のものと見直します
始めの3枚までは実は私も初めて撮ったシーンなのです
見てはいたのですが写真にしてみて成程と納得しています
「瓦ミュージアム」見応えがあります
機会がありましたら是非ご覧くださいませ
遡ってのコメント有難うございます
蔓バラの美しさを再発見しました

hiroさんへ
お早うございます
そうですね 私の旅の前の作業は旅先の歴史や観光名所などを
調べることです そうしますと旅先のイメージが湧きます
時としてイメージと違う時もありますが・・・
それも旅の楽しみですね
そうですね 八幡堀は撮影のベストロケーションですね
始めの3枚も八幡堀の違った場面かと思い撮りました
普通はもっと堀の幅の狭いところの方が良く見るところですね
背割下水は良く残っていたなあと感心して見ていました
「瓦ミュージアム」は必見の場所かと思います
形は大分崩れてはいましすが

まさみさんへ
お早うございます
そうですね 京都ファンのまさみさんですがここ近江八幡も
是非一度訪れてみてください
見所は割合狭い範囲に固まっています
但し水郷めぐりまでとなりますと少し離れてしまいますが・・・
駅前の観光案内所で聞かれると良いと思います

hirugaoさんへ
お早うございます
そうですか お疲れ様でした
そうですね 八幡堀での花はその時期に行ったことがないので
判りませんが多分どちらかが咲いているかと思いますが・・・
なにしろ水郷の町ですから・・・

慕辺未行さんへ
お早うございます
そうですね 八幡堀はここ近江八幡の一番の見どころですね
ドラマの撮影ポイントでもあります
琵琶湖の水を1枚目の写真の場所から狭い堀を通って
再び琵琶湖に戻ります
一種の運河ですね
遡ってご覧戴きまして有難うございます
そうですね 青空とは良く合いますね
新しい発見でした

こんにちは
いつもありがとうございます。
iPadでかいています、なれなくてごめんなさい。
いつ見ても素晴らしいですね。
和みました。
ご心配いただいて感謝しています。

ムームーさんへ
 こんにちわ
どうかお気遣いなくしてくださいね
戴いたコメント有り難く申し訳なく拝見しました

古都人さん今晩は
近江八幡の悲劇の武将、豊臣秀次が作られた
八幡堀周辺美しいですね・・
古都人さんの様に歴史を勉強して、その場に立つと思いも
見方も全然違った見方で楽しめて意味深いものになり
楽しみ方も変わって来ますね・・・
何時も感心して見させて頂いています
今は静かで美しい景色に生っていますが
その当時は此の堀の中では商い用の多くの船が行き交い
賑わっていた事でしょう・・そして人々の行き交いも盛んで
賑やかな商いの町だったのでしょうか・・・と想像しています
今は地場産業の八幡瓦が盛んなのでしょうか
美しモニメントに目が惹かれますね
でも何かオッと・・・と大丈夫かしらと心と目を惹かれます(笑)

咲子さんへ
お早うございます
いえいえ 豊臣秀次に関してはそんなに深く調べた訳ではないのです
NHKの歴史秘話ヒストリー程度なんです
実はもう少し深く真実が知りたいなあと思っているところです
多分史料なども余り残っていないのではないかと思っています
八幡堀ですが私の想像ですが今の様な景観になったのは
多分近江商人達の手によるものだろうと思います 
湖上交通を盛んに利用したでしょうから
そうですね 八幡瓦は現在どうなんでしょうね
他の地域産に押されて苦戦されているのではないかなと思いますね
しかしこのモニュメントは良く出来ていますね
感心して見ていました

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1153718/53729311

この記事へのトラックバック一覧です: 滋賀県近江八幡市内を歩く その4:

« 植物園の蔓バラは如何ですか | トップページ | 信楽焼 窯元 小陶苑 »