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« 京都府立植物園 チューリップの花(その2) | トップページ | 久し振りに湖北・菅浦を訪ねました (その2) »

2014年4月30日 (水)

久し振りに湖北・菅浦を訪ねました (その1)

 久し振りに、琵琶湖の最北の集落・菅浦を、友人達3人で訪ねました(4月23日)
JR湖西線・永原駅から湖国バスに乗って、湖岸に沿ってくねくねとカーブの続く道を奥琵琶湖の景色を眺めながら進むこと約15分、菅浦に着きました。
 11時20分、取り敢えず京都から持参したお弁当を、琵琶湖を眺めつつ戴きました。
「腹が減っては何とやら」と言いつつ。
目の前には、未だ満開の八重桜が風に揺れていました。

 「菅浦」のバス停がある周辺は、集落の入口に当るところで、比較的広い場所になっていて湖岸にも近いです。

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湖岸のぼたん桜は、未だこの様に満開状態でした。
遠くに見える山並みは、比良連峰から湖西の山々です。


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桜の花を通して、向こう側に集落の民家が見えます。

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ここまで来ると湖面の色が違います。
同行の大津市の友人は「ここは澄んで綺麗やなあ」と感動していました。

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お昼を食べた場所です。その後、後から来た人達も、同じところでお昼を食べていました。上の写真の桜は、右手の方にも何本かありました。

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この神社も、バス停の広場の一角にあります。
「須賀」は「菅」に通じるのかも知れません。「浦」は海辺の集落と言う意味ですから、「須賀浦」=「菅浦」になったのかなと想像しました。
この神社は、拝殿近くからは「裸足」でお参りしなければならないそうです。

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集落の入口に建つ「四足門」で「要害門」とも言うそうですが、村の入口4カ所にあって、門内を「在所」と呼ぶそうです。一旦事が発生したら、ここで人の出入りがチェックされる検察場所となります。
現在、東の方にも1カ所残っていました。

それでは、集落の中をゆっくりと歩きましょう。メインロードは2つありますが、先ず始めは、集落の中央を通る道を歩きました。

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集落は、山と湖との狭い幅の平地に湖岸に沿って建っています。
この辺りも、厳しかった冬から脱して、春の装いに変わりつつありました。

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初めてここを訪れた時(未だ寒さが残っていました)に、このお堂の縁で日なたぼっこを楽しみながらお昼を食べたのも懐かしいです。

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「浅井長政由緒寺」の石碑が建っています。
現在の地名は、長浜市西浅井町ですが、かつては西または東浅井郡でしたので、小谷城を本拠とする「浅井氏」の勢力範囲だったところです。

年代が大きく違いますが、何故かこの地に第47代・淳仁天皇ゆかりの場所があるのです。淳仁天皇は、悲劇の天皇でもあり、孝謙天皇から廃帝を言い渡され淡路島に幽閉されて、若くして薨去されました。
 何故そのゆかりが此処にあるのか不思議です。ここはかつて陸の孤島でした。船でないとここには行けなかったそうです。「隠れ・・・」の地だつたのかも知れません。

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湖岸に立てられた物干し台では、洗濯物が風に激しく揺れていました。
長閑な農村の風景でした。ここでは、半農半漁の生活の様です。

 道は行き止まりになっています。折り返しは、湖岸沿いの道を歩くことにしましたが、その様子は明日紹介します。

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京都府外」カテゴリの記事

コメント

 お早うございます
心が洗われるような風景ですね
菅浦の地名は何となく知っていました
ここが琵琶湖の最北の集落だったのですね

やはり湖北は気温が低いのですね
ぼたん桜が見事です
澄んだ真っ青な琵琶湖に映えてとても綺麗です
ご一緒に散策しながら長閑でこの素晴らしい風景を楽しませて戴きました

四足門にここが如何に秘境の地であったか当時の様子が目に浮かぶようです
かっては船でしか行けなかった陸の孤島であった菅浦
悲劇の天皇のゆかりが此処に有ったのか頷ける気もしますが

折り返しの湖岸沿いの道の様子
とても興味が有ります
明日お訪ねするのが愉しみです

古都人さん
おはようございます
 ここが菅浦だったのですね
綺麗ですね
癒される風景ですね
立ち去り難いそんな思いで拝見しました

知り合いの方が日本で一番好きな場所と言っておられました
空気が綺麗で水が綺麗と
「大層な」と思っていましたが確かに琵琶湖もここまで来ると澄んで透明感が有りますね
生活排水なども流されていないのですね
ぼたん桜も綺麗で桜を通しての集落に遠くへ来たものだの感慨が有ります
四足門を設けて村の人達の治安を守っていたのもよく解ります
陸の交通も無く船のみ、隠れと呼ばれた菅浦
悲劇の淳仁天皇のゆかりの地であったことも解りますね

この後の様子も愉しみです

古都人さん
 おはようございます
何と素晴らしい
此処も琵琶湖なのですね

滋賀県の地図を出して菅浦の場所を探しました
琵琶湖の最北端に突き出た葛篭尾半島の入り江に有るのですね

四季折々の琵琶湖は好きで時々行きますが確かに湖の色が違いますね
青々と澄み切った色に魅せられています
桜の花を通しての湖や建ち並ぶ民家
お写真を拝見して旅心に誘われます
秘境の地に相応しい?悲劇の天皇と四足門
当時の様子が解る気がします
山と湖の狭い幅の平地に湖岸に沿って建てられた住まいで
静かに暮らして居られる方達は公害にも無縁で、不便かも知れませんが贅沢とも言えますね

明日も愉しみに拝見させて戴きます


古都人さん おはようございます。

琵琶湖水の色と近くの山々が、何とも言えない美しい風景です。
管浦という集落ですか、初めて聞いた名前です。

そこに辿りつくまでがカーブが多く大変な道ですか、
管浦で琵琶湖を眺めながらのお弁当のお味は最高でしょう。

身体によい気がしてパワーアップすることが出来ましたね。
気候のよい季節、思い切り出かけて行くことが、健康にもなるしブログネタ
にもなるし一石二長ですよ。ぼたん桜も咲いていて綺麗です。

古都人さん
おはようございます。
懐かしいです~
湖西線で行かれたのですね、ここの集落は
いいですね、風になびく洗濯物に生活を
感じますわぁ。
桜もまだ美しく咲いていますねぇ~
ここの桜は琵琶湖を見ながら比良山を見ながら
素敵な眺めですね。
久しぶりに見せていただけて嬉しいです。
いつもお心づかいいただきまして
ありがとうございます。

古都人さん、おはようございます♪
琵琶湖と周囲の山々がとても美しいですね。
満開のボタンザクラ、湖のさざ波、空気が澄んで
綺麗なことはお写真からもj十分感じられます。
こんな素敵なところで食べたお昼は
さぞかし美味しかったでしょう。
「浦」の意味、初めて知りました。
海に関係のある言葉とは感じていましたが、
普段いかに無意識に使っていたことか・・・
萱葺き屋根の四足門は歴史が感じられ
タイムスリップしたようですね。
この時代の方が現在よりセキュリティーが確かですね。
山の新緑もとても綺麗。
浅井長政と聞くとNHK大河ドラマの「お江」を思い出します。
悲劇の淳仁天皇のことも初めて知りました。
色々勉強させていただき、ありがとうございました。

古都人さんも湖西線で行かれたのですね。
青春切符の頃は近江八幡くらいでしたが
今の季節はとても素敵ですね。

ここは行ったことはありませんが琵琶湖のこんなに
良く晴れた日に行くことができてよかったですね。

ひなびた神社もまた素敵です。
何度乗ってもこの湖西線はすきなのです。

古都人さん、こんにちは。
今日は、肌寒く雨ですねrain
明日からは、又夏日で25度でGWは気温も高く快晴みたですけどsun
極端ですよね、古都人さんはお友達3人と.滋賀県は菅浦という所なのですか。
何せ滋賀県は行ったこともなく、琵琶湖は写真でしか知りません。
お昼のお弁当を琵琶湖周辺の山々そしてボタンザクラを眺めながら
湖も素敵で、空気の良い場所で食べた昼の食事は格別外で食べるのは室内で
食べるのと違ってそれも友達と一緒だと美味しいですよねpresent
山々の新緑もとても綺麗ですねclover
古都人さんは、よく行く場所行く場と所の事を勉強していて私は
恥ずかしいですよ(/ω\)ハズカシーィ
菅浦の「浦」は海辺の集落という意味ですか、そしてこの菅神社は裸足で
お参りをしなければ色々と神社はありますけど、拝殿近くからは裸足でお参りして
そうじゃない場合は普通にお参りしてよいのかしらsign02
その土地地域でお参りま仕方も決まりがあるんですねscissors

植村さんへ
こんばんわ
そうですね 今では全くかつての秘境の感じはしませんが
今バスや車などが走っている道が若しなかったら
そうかなと言う感じはしますね
余りにもその隔たりが大きいので実感は薄いです
浅井家の勢力は地形的には判りますが実際に武士達の
出入りはどうしていたのか やはり船しか考えられません
淳仁天皇との繋がりは全く想像出来ません

taekoさんへ
こんばんわ
そうですか 地図で探して戴いて有難うございます
琵琶湖の最も奥深いところでしょう
こんなところに何故初めに人が住み始めたのか
謎ですね
一般的には秘境と言いますと落武者伝説がありますが
どうも違う様です
ただ淳仁天皇さんのことはこれも深い謎ですね
天皇さんの菩提寺跡があった様ですが何故でしょう
謎が深まることばかりです

sasayuriさんへ
こんばんわ
そうですね 多分この辺りの水深は深いと思います
近くの竹生島の周辺の水深が深いと聞いていましたので
同じような傾向にあるだろうと思います
従って湖の色も美しく深い澄んだ色をしていると思います
きっと水質も良いのでしょう
そうですね これからは外でのお弁当は気持ちも良く
より美味しく思います この日も素晴らしい景色が
より一層美味しさを高めてくれました

hiroさんへ
こんばんわ
そうですね 奥琵琶湖は北にありますから
或いはと思っていましたが意外と桜が未だ美しく咲いていました
嬉しかったです
琵琶湖の素敵な景色と桜を目前にしてのお昼は至福のひと時でした
そうですね
昔は人と人との結びつきが深く住民の治安もまもられていたのですね
全く同感で浅井長政から大河ドラマの「お江」を思い出していました
今は様変わりしていますがかつての秘境に思いを致しますと
一層この地に対する感慨が深くなりました
こちらこそ丁寧にご覧戴いてありがとうございます

ムームーさんへ
こんばんわ
実は行きは米原経由で行きました その訳はバスとの乗り継ぎ
時間が短か過ぎて乗り遅れる心配があったためです
帰りは湖西線で帰りました
従って琵琶湖をほぼ一周した感じです
そうですね 意外と桜も未だ咲いてたし湖西の山々も良く見えて
奥琵琶湖からの全景が堪能できました
こちらこそ何時も有難うございます

hirugaoさんへ
こんばんわ
いえいえ実は行きは米原経由でした
帰りは湖西線でした
ですから琵琶湖をほぼ一周したことになります
そうですね 湖西線の眺めは山と言い 湖と言い
素敵な眺めですね
左を見たり右を見たりと忙しい車窓からの景色ですね

mikkoさんへ
こんばんわ
そうですね 未だ華やかに咲く桜の下で素敵な奥琵琶湖の景色を
目の前にしてのお昼でした
少し風はありましたがそんなに寒くもなく快適でした
是非一度機会がありましたら琵琶湖にお出でくださいませ
浜大津からは琵琶湖遊覧船が出ています
須賀神社の参拝は裸足でと言う訳は御陵がある様です
そこに祀られているのは淳仁天皇との係わりがある様に
私は考えます 何故ここに淳仁天皇が祀られているのかは
謎ですが・・・
天皇の最後を思う時何となく想像が付く様に思います

こんばんは
さすが日本一の琵琶湖。
たくさんの顔を持っているんですね。
湖の色がすごいです。
なんていいところなんでしょう。

洗濯物をハタハタとなびかせる風に
時空を超えた何かを感じます。
古都人さんの文章が心に響きます。


こんばんは (◎´∀`)ノ
菅浦とお聞きして、聞いたことがあるような、ないような・・・?と思っていましたが、『集落の入口に建つ「四足門」』の写真を見て思い出しました。
以前にも古都人様がブログに紹介されていたはずですよね。
満開の八重桜ときれいな湖面、そしてのどかな雰囲気の中で頂くお弁当、美味しかったでしょうね。
お弁当を頂いた場所は、今ごろは藤の花が咲いているかもしれないですね。
特に『観光地』と呼ばれるところではないでしょうが、このようなところをのんびりを歩いてみるのも楽しいでしょうね。

↓記事も拝見しました。
本当に色彩りどりのチューリップ、キレイですね。
しかしおっしゃるように、園の方々の努力と苦労は大変だと思います。
いつだったか、秋に木曽三川公園を訪れた時、何人もの園の方々が球根を植えているのを見ました。
訊ねてみれば、チューリップとのことで、「ご苦労様です」とともに、こうした努力があってあのきれいな花壇ができるのだと、感謝していました。

まさみさんへ
お早うございます
そうですね 広い琵琶湖ではたくさんの事物に出合えますね
私はとくに比良連峰が好きです
よく歩きました 特に武奈ケ岳には最も多く登りました
懐かしいです 今はもう全くダメになって仕舞ました
菅浦と良く似た存在の沖島も琵琶湖の孤島でした かつては・・・
この辺りは湖水も美しいです

慕辺未行さんへ
お早うございます
そうですね 数年前に初めてここを訪れた時を
ブログに上げています
その時の記事を覚えて戴いていたのですね
有難うございます
慕辺未行さんとのブログを通してのお付き合いも長いですね
確かに「四足門」は珍しいですものね
かつては4カ所にあったそうですから
遡ってまでのコメント有難うございます
そうですね チューリップも種類が豊富になりましたね
これがチューリップ?と言うのもあります
栽培されている方々のご苦労が忍ばれます

古都人さん   こんばんは
琵琶湖の最北の集落・菅浦 、何時ものように
順次拝見していて
「四足門」のお写真に、もしかしてと目が留まりました。
心長閑に安らぎのお出かけですね。
癒しの風景が素敵で、時を忘れて眺めて居そうです。
桜と琵琶湖、夫々の湖面の色に魅せられています。
その美しさは「綺麗やなあ」の感動の
言葉でも思い描けます。
春遅く、かっては陸の孤島とお聞きしますと、
桜咲く季節の島民の心は綻んでいたのではと・・・
洗濯物と琵琶湖のお写真、  成程・・・
洗濯物を通しの湖面は違って見え、気候
長閑な生活も窺え、的確な描写ですね。
新緑の木々が美しいですね。
こちらは四季折々に素晴らしいのではと思います。
「浦」の意味、知りませんでした。
歴史を学び、日本の素晴らしさを教えて戴きました。

植物園の春は素晴らしいですね~
チューリップの魅力満載で、さすがだと思います。
その1とその2、それぞれのご紹介が素敵です。
緑とチューリップ、デザインで活きるチューリップ
皆さんの笑顔も見えてくるようです。
生ある花の管理は大変かと思います。
管理されている植物園の方の御苦労に感謝です。

すみれさんへ
 こんばんわ
このように丁寧に素敵にご覧戴いて優しいコメント
心からお礼を言わせて下さいね
 そうですね
菅浦は二度目でしたが少し気候が違うだけで琵琶湖の色も木々の緑も異なり
こんなに狭い集落ですが感慨深いものが有りました
かっては陸の孤島と呼ばれた地にひっそり肩を寄せ合って暮らして居られたか方達は
厳しい冬を乗り越えて桜に出会えた時の喜びは如何ばかりだったか
菅浦の集落に続く湖岸には桜並木が続いていて桜を大切にされている心が感じられました
予め歴史を少しだけ調べていましたが
日本人のどんな時も我慢しての気質が脈々と受け継げられていることが解りました
 
チューリップもご覧戴いてありがとうございます
そうですね
紹介しました他にもう一カ所あるのですが
全く違った雰囲気に演出?されていて
園の方達が如何に工夫して植えられ育てて居られるか
頭の下がる思いでした

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