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2014年2月 3日 (月)

東海道の宿場町・土山宿を歩く その1 東口から

 江戸から京へ、東海道の難所の1つ「鈴鹿峠」を越えて、最初の宿場・土山宿は、東海道53次の中の49番目の宿場です。
 この後は、水口~石部~草津~大津~京・三条と続きます。

 JR草津線・貴生川駅からバスで約40分、田村神社前で下車。
先ず旅の安全を祈るため、田村神社にお参りしました。
 「田村神社」とは? そうなのです。あの「坂上田村麻呂」をお祀りした神社です。
では何故、土山と田村麻呂が? 追々ご説明します。

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国道1号線(現在の東海道)に面して、一の鳥居は建っています。
右の神社名の石碑の字は、あの東郷平八郎が書いたものだそうです。
征夷大将軍・坂上田村麻呂にあやかってのことでしょう。

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さすが立派な社殿です。最近建て替えられた様で、真新しい感じでした。
  何故ここに田村麻呂が祀られているかと言いますと、昔鈴鹿に住む鬼を田村麻呂が退治したことによるものだそうです。
厄除けの神様として、崇められているのも納得できます。
これからの旅?の安全をお祈りしました。

神社の向い側には、「道の駅・あいの土山」があります。
そこで昼食を摂って、いよいよ「東海道・土山宿」の東口から歩き始めました。

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東の入口に建つ石碑です。昔のものではありません。

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土山宿に入って、直ぐの町の様子です。
殆どの各家には、当時の商売名を書いた木札が張り付けられています。
例えば「旅籠・何々屋」とか「車屋・何々屋」などです。
色々な商売屋があったことが判ります。

 暫く歩くと、左側に色々なものが建ったりした一角がありました。

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そんな中の1つです。浮世絵「東海道五十三次・土山」です。
昔は、土山は雨が多かったのですね。

 「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山雨が降る」(鈴鹿馬子唄より)
   とあります。

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こんな碑もありました。「東海道近江国土山宿」 「是より右 京都十五里 左 江戸百十里」  これも昔のものではありませんが・・・。

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また、こんな句碑も。俳人・上島鬼貫の句です。
松尾芭蕉と並び称せられる俳人で、櫛とは、昔この土山で「おろく櫛」と言う名の櫛が、土産物として人気があったとか。

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「扇屋」と言う櫛と扇を売っていた店が、地元の人達の手で再建された「扇屋伝承文化館」です。

 土山宿見物は、まだまだ続きます。西に向かって歩きました。

このままをご覧願います。

 

 

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