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2014年2月18日 (火)

河井寛次郎の足跡を訪ねて その1

 京都の地元紙・京都新聞のコラム「凡語」の内容に惹かれ、実際に現地を訪ねることにしました。
 
その記事によりますと、1944年 陶芸家・河井寛次郎が54歳の時、近郊への小旅行に出ました。
訪れたのは、今の木津川市や精華町で、足繁く通ったようです。
 
その寛次郎の足跡を訪ねるツアーが、精華町の人達の企画により実現し、記者も参加したと言うのが、「凡語」の内容でした。
 
私達は、あらかじめそのツアーについての資料を、「ふるさと案内人の会」の担当の方から戴き、出掛けました。

 近鉄電車京都線の山田川駅で下車し、木津川市相楽(さがなか)大里周辺を歩き回りました。
しかし、「凡語」に書かれている様な風景には、残念ながら出会うことは出来ませんでした。

 以下は、大里の集落内の様子です。

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確かに水路は、縦横にありましたが、この様に蓋されているところが多かったです。
しかし、蔵が多いことには驚きました。

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とある水路には、この様な水力を動力とした何かがありました。
何をされているのか、ちょっと想像が付きません。回転力では無さそうです。
また、違う水路には驚く程大きな黒い鯉が泳いでいました。

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大里の集落内ですが、ここにも大きな蔵がありました。
集落の中で、お仕事をされていた「おばさん」に、土塀のことを尋ねたのですが、土塀はどんどんと壊されていて、殆ど残っていないとのお話でした。
現実に、この先の家でも、土塀を壊しておられるところですよ、と言って指差しておられました。

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集落の真ん中辺りには、このような祠を見掛けました。お地蔵さんでしょうか。

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集落の外れには、幾つかの池が見られました。何のため池でしょう?
池の水を活性化するためでしょうか、激しく水車が回っています。
 再び、大里の集落に戻って歩きました。

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ここの水路も、蓋がされていました。

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ここでも、蔵が多く見られます。蔵は、その家の豊かさを示すものではないでしょうか。
ここの水路も蓋されていました。

全体の印象としては、町並みは美しく、水路は多くは蓋がされていて、直に見られる水路は少なく、土塀は全く見られませんでしが、歴史を感じさせる懐かしい景観を保っていました。

 この後、山田川駅近くに戻り、駅傍の喫茶店でランチを戴きました。

 

 

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