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2013年8月 5日 (月)

日本の原風景を求めて その2 棚田と楠木氏

 前回に続いて、千早赤阪村内を歩いています。
もう1か所、棚田があることを地図で知ったので、そこを訪ねて見ました。
この辺りは、千早赤阪村と富田林市との境界です。
その境界の道を歩いて、次の棚田に着きました。

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こちらの棚田は、規模は小さいです。ほぼ全景です。
左上の道を歩いて来ました。右に見える道は、「旧千早街道」と地図にありました。
バスが通る道で、金剛山の麓まで通じています。

他の位置からも、棚田を見てみましょう。

036a

少し下へ降りて来ました。案山子の出番は、未だ少し早いですね。
見えている道は、上と同じ道です。

038a

棚田の眺めの良さは、地形に沿って耕された曲線の美にありますね。

039a

下の広い道まで降りて来ました。真ん中に見える道は、今まで歩いて来た道です。
「下赤阪の棚田」は、右手奥にあります。

 次は、村内の中心部に向かって、バスが通る道を下りました。

015a

途中、進行方向右手に見えたのは「金剛山」です。

016a

「金剛山」と並ぶ山容は、「葛城山」です。こちらの方が、この位置からは近くに見えます。
2つの山の間には、「水越峠」がありまが、昔は、よくこの辺りを歩いたものです。

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ここは、楠木正成ゆかりの「下赤阪城」跡で、正成が最初に挙兵したところと言われています。
丘陵地を利用した中世の山城で、500m東には、「上赤阪城」があります。
ここは「下赤阪の棚田」の展望台でもあります。
建物は「赤阪中学校」の校舎です。棚田は、左下に広がっています。

バス道(旧千早街道)を、緩やかに下って歩いています。
やがて、左側に「千早赤阪村役場」がありました。
その少し先を右折して、暫く上り坂を行くと「歴史の丘」に着きました。
ここには、楠公誕生地や郷土資料館、道の駅などがあります。

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「楠公誕生地」です。この左手に「村立郷土資料館」があります。
勿論、見学させて戴きました。中心は、やはり楠木氏関係の資料でした。

042a

下水道のふたも、この通りです。

 楠木正成は、この一帯に千早城・楠木城(上赤阪城)・赤阪城(下赤阪城)などの山城を築き、幕府軍(この時は北条氏)と戦いました。

 その後、「建武の中興」後は、後醍醐天皇を助け、足利氏と戦い、遂に四条畷の戦いで敗れ、自刃しました。

 その物語が「太平記」に書かれています。

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京都府外」カテゴリの記事

コメント

古都人さん 
 おはようございます
何と二カ所も棚田が有るのですね
下赤坂の棚田とは又違った様子
狭いようですが棚田の表情が場所ごとに変わってよいですね
>棚田の眺めの良さは地形に沿って耕された曲線の美にある<
そうなのですね
この曲線の美に惹かれるのですね

金剛山に葛城山
その間の水越峠
歩いたことは無いかも知れませんが懐かしい響きを感じます

楠木正成は多分中学生の時に習って当時は憧れの武将でした
男の中の男だと思っていました
今は、大河ドラマで演じた武田 鉄矢が印象に残っています
古都人さんが歩かれる所には歴史が有って
学生に戻った気分で学ばせて戴きますね
これを機会に太平記を読んでみたいです

古都人さん
 おはようございます
千早赤坂村には二カ所も棚田
確かに先日ご紹介の棚田とは違って狭いようですが
変化が感じられます
こちらも好いですね
 私も同感です
お写真を拝見していて曲線美の素晴らしさを感じています
↓から4枚目の背景に金剛山と葛城山、近くに森
山懐に抱かれた田畑、何と牧歌的な風景でしょう
憧れます
 楠木正成は中学の教科書で習いました
皆の憧れの武将だったと思います
千早赤阪村の名前に記憶が有ったのは
楠木正成の城が有ったからなのでしょう
改めて太平記を読んでみたいと思います
もう少し涼しくなってから(笑い)

下水道のふたは私も必ず撮ります


作る方々の大変な労力で
緑から、そして黄金色に棚田の風景には癒されますね。
米食派です。こういう風景を見るとアツアツご飯を玉子かけで
と思っちゃいます。

子供の頃は大楠公の乗馬姿の銅像や写真をよく
見かけたように思います。
又、学生服も大楠公印だったように思います。
そんな訳で少年達にとってはよくは解らないが
憧れの武将だったような気がします。

古都人さん       おはようございます

先日に引き続き美しい緑の棚田ですね。
この時に行くと畦の草が刈ってあり歩きやすいでしょうね。

多分稲の花ももう咲いた頃でしょうね。
この美しい曲線段々畑で農家の方は大変な労力
なんでしょうが。

楠木正成の生誕の地なんですね。
この美しい時季に行かれて本当に良かったですね。

古都人さん、おはようございます♪
何と2か所にも棚田を訪ねられたのですね。
古都人さんの脚力に脱帽です。
稲の緑がとても綺麗で、見てるだけで癒されます。
「金剛山」や「葛城山」の山並みの写真も素敵ですね。
結構高いようですが、昔は山が好きだったのですね。
私も山は大好き。今では心肺機能が弱くなり
低山というか里山を歩く位ですが、山写真を見るのは大好きです。
楠木正成は「花は桜木人は武士」の言葉が有名ですね。
桜の花が咲くころにはよく思い出します。

taekoさんへ
 こんにちはわ
棚田が二カ所ある事は現地に行って初めて知りました
前回に紹介しました棚田とは違いますが
綺麗な曲線美が感じられました
そうですね
楠木正成は中学の時に習いましたね
千早赤坂村の名前は彼の功績によって
有名になったのだと思います

maetetuさんへ
 こんにちはわ
そうですね
農作業をされている方のご苦労は想像以上だと思いますが
風景を見ている者には癒される場所です
私も米食派で美味しいご飯が有ればおかずには拘りません
大楠公の乗馬姿や銅像はよく見かけましたね
子供達の憧れの武将でしたが
今では過去の人になりつつありますね

hirugaoさんへ
 こんにちはわ
そうですね
畔も綺麗に草が刈られていました
稲の花の咲くのが愉しみですね
農家の方のご苦労を思うと単に風景に見惚れているのが
申し訳ない気がします
秋の黄金色も美しいと思いますが
緑の棚田も素晴らしいでした
機会を見つけて是非お出かけ下さい

hiroさんへ
 こんにちはわ
2か所の棚田は比較的近くだったのです
脚力は最近衰えを実感していますが
気力だけは有ります
若いころから山歩きが大好きでした
近畿地方の山は殆ど歩きました
hiroさんも山が好きだったのですね
心肺機能が弱くなられたのでは
無理は出来ませんが里山でも充分愉しめますね
楠木正成の有名な言葉、すっかり忘れていましたが
お蔭で思いだしています
ありがとうございます

古都人さん  こんにちは
2か所の棚田との出合いは、
心爽やかに刻まれた事でしょうね。
棚田も四季折々に魅せられるかと思いますが、
素晴らしい緑で迎えてくれる棚田が
私には一番の大きな癒しとなりそうです。
稲を伝って届く風も心地良いのではと思います。
地形に沿った曲線の美、3枚目のお写真拝見して
初めのお写真の棚田の美しさが納得できました。
金剛山、葛城山の山並みのお写真素敵ですね~ 心安らぎます。
楠木正成、歴史を学び、日本の原風景を訪ねての
ご紹介は心豊かに学んだように思います。
下水道の蓋、素敵なデザインですね。

すみれさんへ
こんばんわ
そうですね この辺りは地形の起伏が激しい
ところですから他にも棚田があるのでしょうが
やはりここが形として美しいのでしょうね
黄金の棚田を思っていましたが緑の棚田も
美しかったです
そして曲線もより一層美しさを引き立たせて
いますね
金剛山と葛城山とはほぼ並んでいますね
どちらも登山には最適の山と言えますが
私は最近はご無沙汰しております
ここ千早赤阪村は古くからの歴史のある地域
ですがそんな中で楠木一族の活躍は目立った
存在と言えそうですね
下水の蓋でこんなに大きな文字が入ったのは
私は初めて見ました 殆どが絵が中心ですね

こんばんは
美しい棚田の緑。
さぞ美味しいお米が採れるのでしょうね。
きっとワクワクしながら歩いておられるのでしょう。

イメージの中での楠正成を思い描きながら眺めています。
絵や小説でしか知らない武将たちですが
色々想いを馳せるのが好きです。

楠公の郷土資料館があるんですね。
行って見たいです!!

こんばんは (◎´∀`)ノ
田植えの経験は一度もありませんが、TVなどで見聞きした話ですと、縦横等間隔で真っすぐ植えることはとても難しいそうです。近年は機械で植えるところも多いでしょうが、それでもハンドル操作を誤ると真っ直ぐにならないのでは?と思います。
それだけに丘陵地でこのような美しい曲線に植えること、素晴らしい技術だと思います。
どこを見ても乱れがなく等間隔できれいな曲線に植えられていることに感心しました。
『古事記』の時代の古代史は関心強いのですが、それ以降の日本史は弱くて『楠木正成』と聞いて思い出すのは、皇居前に楠木正成の銅像があったことぐらいです。
こちらの出身だったのですね。でもなぜ、あの皇居の前に彼の銅像が作られたのか、そちらが妙に気になりました。

雅美さんへ
お早うございます
そうですね 棚田で採れたお米は多分美味しいのでは
ないかと思いますね 何故かと言えば小さいながらも
田んぼに集中する稲作の力が入っているからと思います
一度これぞ棚田のお米と特定したものが食べて見たいですね
楠木正成に対する想いは戦前派と戦後派 さらに平成派
とでは相当違うのでしょうね
大忠臣か土豪か名も知らずか ですね

慕辺未行さんへ
お早うございます
私は一時滋賀県の稲作地帯に住んでいましたので
稲作は少し経験もしましたが田植えはしたことがありません
当時は機械化の始まりでしたので手植えと機械植えが混在
していました
この棚田程度でしたら或いは機械植えかも知れませんね
ただ田んぼから次の田んぼへの移動は大変ではないかと
思いますね
皇居前の楠木正成像は彼が南朝の忠臣で後醍醐天皇に
尽くしたと言う戦前の皇国史観によるものと思います

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