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2013年7月25日 (木)

「八重の桜」ゆかりの地を訪ねて 同志社大学今出川キャンパス (1)

 NHK大河ドラマ「八重の桜」ゆかりの地を訪ねる見学会などがあって、
参加させて戴きました。
 当日の午前中は、八重の夫・新島襄が創設した、同志社大学今出川キャンパス内の見学と、午後は、新島と八重とが住んでいた「新島旧邸」の見学でした。
 さらに、「新島旧邸」を見学した後は、同大・同志社社史資料センターの小枝さんの講演でした。
小枝さんは、「八重の桜」の企画委員をなさっているとのことでした。

 はじめに、今出川キャンパス内の歴史ある建物を中心に、同志社大学の学生さん(同志社の歴史について研究されている様でした)に案内して戴きました。
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キャンパス内の様子です。私達は、3班に分かれてお上りさん宜しく、案内の方の旗を先頭に、グループで回りました。
ここがキャンパス内のメインロードですが緑が多いですね。


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ただいま午前10時前、学生さん達が大勢登校して来ています。
結構自転車が多いのですが、お互いにぶつからずに走っていました。

 見学は、上の写真の右側の建物「良心館」(未だ新しいです)で、中にはこの地の歴史を示す展示がありました。

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この地は、元は薩摩藩邸があったところで、八重の兄・山本覚馬が薩摩藩から譲り受け、後に八重の夫・新島襄に譲った土地でした。
上の写真は、薩摩藩邸があった時の「排水施設」だそうで、復元移築したものです。

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また、東の方は足利義満が建てた「相国寺」の塔頭「鹿苑院」がありました。
上は、その仏堂の柱跡が発掘され、ここに復元移築されたものです。

 この様に、ここ今出川キャンパスは、南に京都御所があり、北には相国寺境内があるところに、忽然と西洋建築の建物が出現したわけです。
 当時の京都市民は、さぞ驚いたことでしょうね。
今なら景観問題が起こるところでしょう。

 では、続いて今出川キャンパス内の重要文化財指定の建物を中心に、
見て回りましょう。

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西門に最も近いところにある「彰栄館」で、明治17年(1884)9月に竣工しています。
現存する京都市内最古の煉瓦建築物だそうです。
右の塔は、鐘塔と時計塔を兼ねたもので、明治以来、「司鐘生」(ししょうせい)と呼ばれる中学生が、毎朝の礼拝を告げる鐘を鳴らしていたそうです。

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東に進んで、「ハリス理化学館」です。こちらも重文指定です。
明治23年(1890)7月竣工したもので、当初は屋上に八角形の天文台があったそうです。
2階には「NisimaRoom」があって、同志社大学の歴史資料の展示室となっています。
丁度「新島八重と同志社」展が開催されていました。
同時に「八重と会津」展も催されていました。

 さらに、東に進みますと、高い塔がある建物が見えて来ました。
「クラーク記念館」で、明治27年(1894)1月の開館で、重文指定です。

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アメリカのクラーク夫妻が、夭折した息子の名前を館名に冠し、息子を讃えると言う条件で1万ドルを寄贈して建てられたものです。
竣工当時は「クラーク神学館」と言ったそうです。
建物の内部では、結婚式場としても利用されているとのことです。

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右手の塔屋の下の様子です。ここが玄関口です。
阪神大震災を契機に平成15年から4年間掛って、修復工事がなされました。

キャンパス内の見学は、まだ続きます。

 
 コメントは、次回(その2)で宜しくお願いします。

 

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