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2013年5月31日 (金)

五個荘町金堂の町並み

 滋賀県東近江市五個荘町金堂(こんどう)の「近江商人屋敷・ひな人形めぐり」での、建物の外観とひな人形既にご紹介しましたが(カテゴリー京都府外をご覧ください)
今回は「重伝建」指定の町並みについて、紹介します。

 金堂の町並みを、ほぼ南方向から入りました。
 その入り口には、この様な掲示板がありました。

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現在地は、地図の下方ほぼ真ん中辺りです。
国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されたのは、平成10年12月25日です。
ここの町並みは、古代の条里制地割を基礎にしているそうです。
江戸時代後期になって、近江商人達の活躍によって、今の形が出来たそうです。

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上の掲示板の左手に続く、町並みです。
この通りは、「寺前・鯉通り」と言います。
この先には「近江商人屋敷」の代表的な3軒の邸宅があります。

鯉通りの名前の由来は、1つはこれにあります。

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美しい川の流れに、大きな錦鯉などが泳いでいます。
ここは近江商人の町です。故郷に錦を飾るようにとの願いから
、鯉を飼われるようになったと聞きました。
そして、さらにその先には・・・

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大きなお寺の長屋門が見えて来ました。
お寺の名前は、「弘誓寺」(ぐぜいじ)です。

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浄土真宗大谷派に属し、江戸時代には末寺25ケ寺を持つ、中本山です。
本堂は、江戸時代中期のもので、滋賀県における18世紀の大型真宗寺院の本堂の典型として、国の重文に指定されています。

この2つ、寺の前と鯉とから「寺前・鯉通り」と言う、メインロードが出来上がりました。

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「寺前・鯉通り」から、やや狭い横町を覗いて見ました。
右側の塀には、ここの特徴の「舟板」が使われているのが見えます。

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「外村 繁邸」の裏手(西側)にある「陣屋」跡です。
大和郡山藩が、近江国内にある領地を支配するために設けたもので明治の初めまで置かれていたそうです。
 
次回は、「近江商人屋敷」の内部を、ご紹介します。

ご訪問ありがとうございます。
本日は留守にしていますので、コメント欄は閉じさせて戴きます。

 

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