2015年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

お勧めブログ

無料ブログはココログ

« 山陽路の旅 鞆の浦へ その1 (港の町) | トップページ | 鞆の浦”潮待ち茶屋」でランチを愉しみました その1 »

2013年1月26日 (土)

山陽路の旅 鞆の浦へ その2 (対潮楼)

前回の続きです。
 鞆の浦における歴史的出来事を留める1つが、これからご紹介します「福禅寺」で、
その中にある「対潮楼」(たいちょうろう)は、江戸時代に展開された朝鮮との外交、
「朝鮮通信使」ゆかりの場所なのです。

 その「福禅寺」は、少し高いところにあります。

Img_6113a

高台を登ったところにある「海岸山千手院福禅寺」は、平安時代の天暦年間(947~957)の創建と伝えられる、真言宗のお寺です。
山号が「海岸山」とは変わった名前ですね。

Img_6128a

本堂です。観音信仰が盛んな古刹です。
この本堂の隣り(右奥)に接しているのが、お目当ての「対潮楼」です。
江戸時代・元禄年間に創建された客殿です。

Img_6122a

その座敷に入りますと、こんな光景が目に入って来ました。

窓際まで近付くと、

Img_6116a

瀬戸内海の島々が眼前に拡がって見えました。
海岸ぎりぎりのところに、この「対潮楼」は建てられています。
上に見える文字「日東第一形勝」(右から読みます)は、正徳元年(1711)の「朝鮮通信使」の李邦彦が賞賛した言葉です。

Img_6120a
「朝鮮通信使」の皆さんが見たであろう景色です。

Img_6118a

この額の文字は、延享5年(1748)の通信使の洪啓禧が、この客殿を「対潮楼」と命名し、
洪景海がこの書を残したとのことです。
このように、ここは「朝鮮通信使」の迎賓館だったのです。

 窓際に立って海を見ていますと、

Img_6119a

このような船が航行していました。
これは、鞆の浦と仙酔島とを結ぶ福山市営の渡船なのです。
乗船時間は5分間、往復大人で240円です。

 「鞆の浦」の観光を満喫した後は、「鞆の浦」の味覚を味わいました。
次回に、ご紹介します。

« 山陽路の旅 鞆の浦へ その1 (港の町) | トップページ | 鞆の浦”潮待ち茶屋」でランチを愉しみました その1 »

京都府外」カテゴリの記事

旅行」カテゴリの記事

コメント

古都人さん
おはようございます
ご紹介の「福禅寺」はツアーのコースに入っていなかったと思います。
 朝鮮通信使ゆかりの場所「対潮楼」は見学出来なくて残念でした

眼前に広がる瀬戸内海と島々、素晴らしい
まるで一服の絵を見ているようです
魅入っています
「朝鮮通信使のゆかりの地を巡る」
以前興味を持っていて、滋賀県の近江八幡に行ったことが有りますが
朝鮮通信使は日本中を歩かれたのですね

最後の福山市営の渡船、
乗船時間5分間、小さな船がここにはとても似合いますね

古都人さん
 おはようございます
「対潮楼」のお座敷からご覧になられた瀬戸内海の青い海と島々
まるで額縁の中の絵を見ているようです
静かな風景に見惚れています
「福禅寺」はこのような風景が見える高台に有るのですね

私もかっては、朝鮮通信使の辿られた道に興味が有りました。
こちにもそうだったのですね
そして海岸ぎりぎりの所に建てられている朝鮮通信使の迎賓館の「対潮楼」
古都人さんが立たれている、撮られているこの場所から同じ風景をご覧になられて
感動されたのですね
 
魅力いっぱいの鞆の浦、益々行きたくなりました。
古都人さんの足跡を・・・
↓のコメント嬉しく拝見しました
友達と相談してみます

古都人さん
おはようございます。
「朝鮮通信使のゆかりの地を巡る」って素敵ですねぇ。
近江八幡でも接待のご馳走を見ましたが
素晴らしいものでした。
こちらも通信使が歩かれたのですねぇ。
迎賓館も素晴らしい~
瀬戸内海が見えて船も航行してるなんて
いいですねぇ。
私も見せて貰えて行った気分です~♪
いつもありがとうございます~♪

古都人さん    おはようございます

この景色ゆっくり座って私も見てきました。
あのゆったりした海に小さな島が点在するのを
また観光船でしょうか、が通るのも見ていました。

ここから友人は絵を描いたりしていました。
何ともいい雰囲気のところでまた1泊して来たいなんて思いました。

どんなお料理なのかしら?
楽しみです。

taekoさんへ
こんにちわ
「朝鮮通信使」のことは私は実はかなり古くから
その実態を良く知らないままで認識はしていました
滋賀県の湖南に住んでいましたので「朝鮮人街道」
なるものは知っていました
京都に引っ越し現役を離れてから俄かに「朝鮮通信使」の
ことを色々と学びました そしてとうとう「朝鮮人街道」を
草津から彦根まで歩いて仕舞ったのです
今も通信使に関する研究をされている先生などの講座を
聴くことがあります
対馬から江戸まで海や陸の長い旅だった様です

ムームーさんへ
こんにちわ
江戸時代「朝鮮通信使」は多くの文化を我が国に
齎したようです 日本の文化人との交流も深かった
様に聴いています
今もその様子が通信使が通過した町に踊りや行列として
残っている様です 人形にもなっています
通信使は海路や陸路を辿って大行列で往来した様です

hirugaoさんへ
こんにちわ
瀬戸内の景色は良いですね
大きな島や小さな島々など絵を見る様な光景です
見飽きませんね
昼食は古民家を改造されたお店でした

それぞれの町にそれぞれの歴史がありますね。
懐かしい風が流れているそんな街並み。
ディスカバージャパン。
良い旅してますね。

♪瀬戸は日暮れて夕波小波

こんばんは (◎´∀`)ノ
鞆の浦にこのような外交にまつわる施設があるとは、驚きました。
それに、この絶景!行き交う船の形が違うだけで、他は昔と変わらない風景なのでしょうね。
『朝鮮通信使』って、学のない私は初めて聞きました (^_^;;ハズイ!
江戸時代に朝鮮と外交があったことさえ「へぇーっ、そうなんだ!」と (^_^;;(^_^;;(^_^;;!

maetetuさんへ
お早うございます
そうですね 私にとつて大変良い旅でした
翌日の竹原(伝重建地区)も含めたった一泊で
盛り沢山な旅が楽しめました
瀬戸内の島々が見える景色も素晴らしいものでした

慕辺未行さんへ
お早うございます
そうですね ここ対潮楼からの眺めは
多分朝鮮通信使が見たものと殆ど変らない
のでは無いかと思います
彼らも飽きずにこの景色わ眺めて長い旅の
疲れを癒したのではないでしょうか

こんにちは
時間の流れが止まっているような
不思議な感覚にとらわれます。
異国の方々もため息をつきながら
この景色に見とれたことでしょう。
朝鮮通信使についてほとんど知りません。
これを機会に調べてみようと思います。

それにしてもなんて美しい景色なんでしょう。
旅情をかきたてられるとはこのことです。
2月に京都に行かれそうです。
ワクワクします。

雅美さんへ
こんばんわ
そうですね ここは港町の雰囲気があると共に
歴史に彩られた史跡の姿も感じられる
不思議な空間ですね
港町の賑やかさも結構ありますよ
静かなのはここ対潮楼だけかも
知れませんね
2月にこちらにお越しになるのですね
京都市民としてお待ち致しております
何か情報が必要でしたら言ってくださいませ

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1153718/48108874

この記事へのトラックバック一覧です: 山陽路の旅 鞆の浦へ その2 (対潮楼):

« 山陽路の旅 鞆の浦へ その1 (港の町) | トップページ | 鞆の浦”潮待ち茶屋」でランチを愉しみました その1 »