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2012年12月28日 (金)

京都・鴨川の橋ものがたり

 或る会で、鴨川の河川敷を、三条から竹田まで歩きました。
京都の町中を流れる鴨川ですから、当然多くの橋が架けられています。
幾つかの橋を、河川敷から眺めながら歩きです。

 昔から鴨川は「暴れ川」でした。白河上皇は、意のままにならぬものとして「鴨の流れと日吉の法師。それに賽の目」と嘆かれていました。

 近年においても、豪雨の度に木の橋は流されていたようです。
昭和20~30年代になって漸く、近代的な丈夫な橋が架けられました。
また、京都市電が拡張されるのに合わせて、橋の幅が広げられました。

 それでは、歩いた順(北→南)に主な橋について、ご紹介したいと思います。
 最初は、右岸を歩きました。

Img_5701a

 まず「三条大橋」です。下流から見ています(南→北)。
「三条大橋」は、江戸時代には東海道の起点と終点であり、そのため徳川幕府が直轄の「公儀橋」でした。
実際には町奉行所が管理していた様です。
 明治になって管理は、京都府に移管されています。
現在の「三条大橋」は、昭和26年に架けられたものです。
橋脚は鉄筋コンクリートですが、その下には石柱に繋がっています。
橋桁隠しは木造で、橋の高欄は尾州の檜材で造られています。
また、天正以来の擬宝珠が使われています。

Img_5704a

 次は「四条大橋」です。こちらも下流から見ています。
現在の「四条大橋」は、昭和17年に架けられたものですが、高欄のみ昭和
40年に改築されました。
デザインは一般公募のもので、モダンな外観に変貌しています
右手奥の建物は「レストラン菊水」で大正15年の建物です。

Img_5713a

 「四条大橋」からは「団栗橋」や「松原橋」を経て、「五条大橋」に来ました。
ここでは一旦上に上がり、左岸を歩きました。
 平安京が出来た時、その中央大通りは「朱雀大路」でした。
道幅が約80mもあったとの事ですが、その約80mはこの川幅だそうです。
如何に「朱雀大路」が広大な道路であったかが判ります。
遠くに見えるのは、「比叡山」です。

 この「五条大橋」も、「公儀橋」でした。
 「五条大橋」を通る「五条通」は、戦時の防空疎開地となったため、戦後の昭和30年代初めに、幅員50mの広路が造られました。
 それに合わせて「五条大橋」も昭和34年に架け替えられました。
 橋の形式は、三経間連続の鋼板桁となり、高欄は石造りとなり、
擬宝珠も江戸時代の形に復元されています。

Img_5716a

その「五条大橋」を左岸下から、見上げています。

 「正面橋」を経て「七条大橋」に来ました。
今年は、この橋が架けられて100年になります。

Img_5728a

 この「七条大橋」も、京都市電の広がりと共に、橋の拡幅が行われた橋です。
鴨川に架かる橋の中で、最も古い橋で、大正2年(1913)に架けられました。ご覧の様に、コンクリートのアーチ形の橋です。
高欄の模様は、近くにある三十三間堂の「千本通し矢」をデザインしたものだそうです。

 ここからは、再び右岸を歩きました。

Img_5739a

 「七条大橋」を過ぎた辺りから、JRの鉄橋が幾つか架かっています。
東海道本線や新幹線、そして上の鉄橋です。これは「JR奈良線」のものです。
 京都駅を発車して直ぐに、この鉄橋を渡ります。

Img_5747a

 この橋は「九條跨線橋」(くじょうこせんきょう)です。
この橋の上は、東大路通から繋がっている九條通が通っています。
 そして、この橋は鴨川・琵琶湖疏水・JR奈良線・京阪電車、そして伏見街道を一気に跨いでいます。こちらも京都市電の拡張によるものです。
昭和12年に完成しています。
アーチの向こうに見える橋は、「東山橋」で九條跨線橋の側道部分です。
こちらは昭和45年に架けられました。

 ゴールの「竹田橋」までには、まだ幾つかの橋(有名なところでは「勧進橋」など)がありますが、最後に現代的な橋として、高速自動車道の高架橋を、ご紹介します。

Img_5765a

 その橋は「阪神高速8号・京都線」に架かっている巨大な鉄の橋です。
右が北方向(京都市内)、左は南方向(大阪方面)で橋は2段になっています。
 多分「鴨川東」のICに繋がる道路ではないかと思います。

Img_5764a

 最後は、ゴールの「竹田橋」です。昭和55年に架けられました。
橋の幅員は、3.3mと狭い橋です。
 鴨川の上流方向を見ています。遠くに比叡山が見えます。
この辺りまで来ますと鴨川の川幅は、随分狭くなって来ました。

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地域」カテゴリの記事

コメント

古都人さん
 おはようございます
鴨川の橋を河川敷から眺めがら歩く
何とユニークな歩きでしょうか?
このような歩き方も有るのですね。
鴨川が暴れ川だった、学生時代に習ったことが有りますが
今ではカメラマンにとって素晴らしい被写体
散策する方にとっても四季に愉しめる鴨川。
 主な橋について古都人さんらしい丁寧で詳しい
説明と写真を拝見して新たな発見が有りました。
特に七条大橋の高欄の模様は三十三間堂の千本通し矢は
知りませんでした。
九條跨線橋も興味が有ります
こうして橋を眺めると其々に橋の目的・用途にも
其々に違いが有って面白いです
 
鴨川と比叡山、これぞ京都の風景ですね
絵を描かれる方にとっても絶好の風景です
 

古都人さん
 おはようございます
青空の元を橋を眺めながらの散策
素晴らしい体験をされましたね。
私は五条大橋以外は殆ど通り過ぎる橋でした。
古都人さんの詳しい説明で学ばせて戴きながら
其々に特徴の有る橋を眺めています
 橋にも歴史が有るのですね
”暴れ橋”と呼ばれなくなってどれ位になるのか?
京都の風景を壊さないように工夫されて
作り変えられた橋、携わっておられた方達の
郷土愛も感じられます。
無機質のコンクリートの橋にも芸術性が感じられる橋も有ります。
そして周りの風景、河川敷の桜や比叡山、何よりも
鴨川が橋をより素晴らしいものにしている
そんな気がします。
私も暖かい日に橋を眺めながら散策したいです

古都人さん
おはようございます。
いつも眺めている鴨川ですが、下の方はこのように
歩いたことがありませんわぁ。
三条や四条は良く通行しますが、鴨川は一番
美しい川だと思います。
橋のかけられた歴史も教えていただいて
良くわかります。
七条は学校に行くときには見てたでしょうに、
古いのですね、どの橋も見事な造形美に
びっくりします。
いつもありがとうございます。

京阪電車から鴨川に架かる橋、町の様子が見えたのに
今は、地下になり風景が変わって久しいですね。

豊橋には、橋を架けれない財政?交通量?詳しくは
解りませんが矢切りの渡しならぬ無料の牛川の渡し(小舟)があります。
対岸に用事がある時は、何時も車で大回りです。

taekoさんへ
こんばんわ
鴨川は上流から下流にかけて河川敷を
歩くとかなりの距離が歩けます 多分十数Kmに
及ぶかと思います 結構な散策路です
今回はその一部を歩いたことになりますが
大変良い体験が出来ました
橋の形の変化が面白かったです

ムームーさんへ
こんばんわ
鴨川に架かる橋はどれも個性的です
架けられた年代の違いによるものでしょう
この様な面でも京都の歴史の深さを感じます
こちらこそ何時も有難うございます

maetetuさんへ
こんばんわ
そうですね 今では京阪電車から橋が見られるのは
七条駅を過ぎて地上に出てからになりますね
従って京阪の車窓から見えるのは琵琶湖疏水の分線の
流れだけになりますね
「牛川の渡し」 聞くだけで何となく情緒がありそうに
思いますが如何でしょう
未だこの様な「渡し舟」が残っている地域が時々ありますね

おはようございます♪♪

京都・鴨川、・・・・・・。
見せていただき、siawase気分です。

橋ものがたり、・・・・・・。
素敵なショットと解説から、様子、雰囲気、伝わってきました。

詳しい説明、・・・・・・。
初めて、知りました。
ご紹介、ありがとうございました。

ブログ交流って、いいものですね。

いつもながら、大変に嬉しいコメント&応援ポチに、心より、恐縮、深謝です。

siawasekunさんへ
お早うございます
京都市内には大きな川としては賀茂川と高野川
その2つが合流して鴨川 そして西には桂川が
あります 市内ですからそれらの川を渡るための
橋が架けられています 数えたことはないですが
全部で50近い橋が架かっているのではないでしょうか
今回の歩きはその一部を見て歩いたのですが
全部の橋を見て歩くのは興味があるところですね

こんにちは
さすがです。
このような楽しい歩き方、思いつきませんでした。
デザインや大きさはまちまちですが
やはり京都らしく
それぞれの橋に文化を感じます。
鴨川の川沿いの景観が
損なわれていないのが素晴らしいです。
鴨川からの比叡山はなんて良い眺めなんでしょう。
大好きです。

雅美さんへ
こんにちわ
鴨川になる上流 すなわち賀茂川と高野川の
河川敷を含め下流に掛けて河川敷を歩いたり
走ったりしている人は多いです
市内の中学校でも毎年定期的に全校生徒が
走っているのを見掛けることもあります
この様に京都の川は市民に大変親しみを持って
接していますね
私も時々ですが河川敷歩きをしています
主に三条大橋から上流の方が多いのですが・・・
ちょっと前には三条と四条との間に新しく橋を架ける
話が出て景観問題から大論議になり結局取止めに
なって仕舞いました

こんばんは ヽ(´▽`)/
鴨川に架かる橋、歴史をたどればどの橋もずいぶん昔に架けられ、何度か架け替えられたのですね。
現代風のデザインの橋もあれば擬宝珠を復元した江戸時代風情の橋も!
さすが京都の街!という気がいたします。
三条大橋辺りの河畔は、夏になると『川床』が並び、夕暮れ時にはたくさんのカップルが夕涼みに来ているのでしょうね。
五条大橋は、かつては武蔵坊弁慶と牛若丸が相まみえたところでしたよね?違ったかな?
橋のデザインもこうして見ると、様々ですね。

慕辺未行さんへ
お早うございます
京都市内は都会にしては珍しく市中を
大きな川が2~3本も流れています
特に鴨川は昔は暴れ川でした
都ですから早くから橋が架けられていて
その歴史が今も続いています
公儀橋はその名残りかと思います
牛若丸と弁慶の闘いの場所は諸説あります
五条大橋は当時は無かったと聞きます
秀吉時代に架けられたものです
松原橋がそうだともまた全く違った場所だとか
言われています

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