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2012年7月 7日 (土)

ちりめん街道・与謝野町加悦を歩く 3 旧施設

 町の様子旧・尾藤家を紹介してきましたが、
今回は、加悦に残る2つの旧施設を、ご紹介します。
残ると言っても、現在もそれぞれにその役割を果たしている建物です。

 はじめは、「旧・加悦町役場庁舎」で、現在は「与謝野町観光協会」の事務所です。
今回何かとお世話になった山崎さんがお勤めのところです。

Img_3697a

建物の正面です。
昭和4年に宮津出身の大林組設計部長今林氏の設計により建てられた木造総2階建て寄棟造り桟瓦葺です。
京都府指定文化財です。

Img_3699a

斜めからの様子です。
当時の最新技術と工法を用いた耐震性の高い建築物となっています。

 次は、「旧・加悦鉄道・加悦駅舎」です。与謝野町指定文化財です。
 「加悦鉄道資料館」となっています。

Img_3758a

大正15年に開業した加悦鉄道の「加悦駅」舎です。
洋風の木造2階建てです。
当初はちりめんを京都や大阪に運ぶために、加悦と丹後山田(現・野田川)間約6Kmに設けられた私鉄です。
昭和60年4月に、60年に及ぶ鉄道事業は終了しています。
当時、駅舎は斜め向いの現・与謝野町加悦庁舎(後で出て来ます)の場所に建っていたそうです。
平成11~13年に、今のこの場所に曳き移築されています。

Img_3761a

駅舎の内部の事務室の様子です。正面にあるのは昔の安全運転システムの施設です。
左は待合室になっています。

Img_3759a

その待合室に掲げられていた「運賃一覧表」です。
大正15年の開業当時のものだそうです。
加悦駅から東京駅までが13円15銭と書かれています。
それだけあればお米が90Kg(1.5俵)も買えたとも書かれています。

因みに京都までは3円85銭、大阪までは4円75銭とあります。

Img_3762a

昔、加悦鉄道の「加悦駅」があったと言う場所に建つ、現・与謝野町加悦庁舎です。
与謝野町は宮津市との合併の話があったそうですが、実現せずに周辺のみの合併で終わったそうです。

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地域 歴史」カテゴリの記事

コメント

古都人さん
 こんにちは
古き良き時代の建物
木の温もりが感じられて、知らないのに何故か懐かしさを感じます。
今も現役?で使われている
素晴らしいですね。
  鉄道が廃止される事は地元の方たちにとっては寂しいことでしょうね
ちりめんで、繁栄していた頃が懐かしいと思います。
 駅舎の内部の様子や大正15年の旅客運賃表
つい先日まで見たような気がします。
京都まで3円85銭、まだ、1銭硬貨も現役だったのですね
  そして↑2つの建物とは大違いのモダンな現・与謝野町加悦庁舎
こうして近くに新旧の建物が有るのも加悦の現実なのですね。

古都人さん
 こんにちは
与謝野町観光協会の外観はとてもお洒落な建物ですね。
木造総2階建て寄棟造り桟瓦葺、今では貴重な建物ですね。
京都市内にも明治や大正時代の建物が残っていますが
何時までも残しておいて欲しいです。
 

「加悦駅」はちりめんの最盛期の頃の輝かしい
加悦地方の加悦鉄道の名残ですね。
大正の終わりの建物ですがモダンな洋風建築。
それでも木造だったのですね。
どちらも懐かしさが感じられます。

 待合室の運賃一覧表
これもとても懐かしいです。

宮津市との合併を拒まれた?加悦の人達の拘り?気骨のようなものを感じます。

こんばんは (◎´∀`)ノ
タイトルの”ちりめん街道”から突然、水戸黄門のセリフ「越後のちりめん問屋、”みつえもん”というものです」と、黄門様が正体を隠しこのように話していた場面を思い出しました。
もっとも私が『水戸黄門』をしばしばでも見ていたのはずいぶん昔、故・東野英治郎さんが黄門様役の頃です。
加悦鉄道という路線があったのですか?初めて聞きました。
昔は全国各地に民営の鉄道が敷かれ、やがて国鉄や大手私鉄に吸収合併された鉄道が多いのではないでしょうか?この加悦鉄道はずっと『加悦鉄道』として存続していたのでしょうか?
駅舎、そして内部、何ともレトロな雰囲気が漂っています。
とうの昔に”鉄ちゃん”を卒業した私ですが、このような施設を見ると、やはり嬉しくなります。

私の住む地方にも、このような建造物残っています。
この位の大きさの建物は、落ち着きますね。
今の京都駅のような大きさになると、見るだけで疲れます。
適度な大きさってあると思いますが・・・(まあ、歳かな?)
この時代の運賃も何かに換算しないとピンと来ませんね。
私はインチはミリセンチに、平方mは坪にしないとピンと来ません。
一合、一升はすぐ分かりますが
美人の尺度は賠償千恵子、池内淳子、大原麗子、百恵ちゃん基準かな?
(子供から思春期時代ぐらいまで)

taekoさんへ
こんにちわ
今日は梅雨の中休みとは言えすっきりとした日でしたね
今年の梅雨は変化の激しい梅雨の様に思います
さて加悦の町ですが この様な建物が残ったと言うのも
ここ加悦ならではのことと思います
町ならばどんどんと取り壊され新しい建物が建ってしまい
ますね
加悦鉄道は記事にはしませんでしたがステンレスの
日本冶金と言う会社がその後も使っていた様ですが
それも遂にはトラックなどの運送手段に置き換えられました
地元の皆さんにとってはさぞかし寂しいことだったでしょう

慕辺未行さんへ
こんにちわ
そうですか 実は私も「水戸黄門」のファンでした
毎回殆ど欠かさず見ていましたね
京都・太秦の撮影所では映画やテレビの時代劇の
撮影が殆ど無くなって危機感が漂っている様です
時代劇の撮影技術の継承が途絶えると言うことです
加悦鉄道は通常の旅客輸送は廃止になりましたが
日本冶金の関係ではそれ以後も残っていた様です
それも今は無くなりトラックに変わったと聞きました
鉄道も廃止路線ありJRに吸収路線あり第3セクター
での運営ありと苦労しているところもありますね
今回乗車した北近畿タンゴ鉄道も四苦八苦の路線
です

maetetuさんへ
こんにちわ
そうですね JRは京都駅や大阪駅(新しいのはまだ見ていませんが)
と競って巨大な駅にしていますね
京都駅など初めは驚きでした 人間恐いもので見ているうちに
何となく納得してしまっています
旧・加悦駅舎などはローカル線でないともう見られませんね
メートル法は仕事の関係でISO導入の時期に現職だったので
切り替え時は苦労しましたね
美人の尺度は人それぞれのお好みですがmaetetuさんの
基準は判りました 私はもう少し昔かも知れません
今 急には具体的には思い出せません・・・

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