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2012年6月17日 (日)

NHK大河ドラマ「平清盛」に登場した現場に立つ 白河・鳥羽ー2

 「鳥羽離宮」跡の近くにある、3人の天皇のお墓(御陵)へ行く前に、
もう幾つかの「離宮」跡付近の天皇の別荘跡などを、ご紹介します。

Img_3551a

「鳥羽離宮」跡の1つ、「安楽寿院」の傍に立つ説明板の一部を撮らせて頂きました。
上が北です。左から、旧桂川・鳥羽作り道・離宮の全景・旧鴨川などです。
まさに広大な水の都・鳥羽の光景です。
勿論想像図ではありますが・・・。故・杉山信三氏の原案によるものです。

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「離宮」地域の北にあった「田中殿」跡です。

Img_3533a

「離宮」跡内にある「城南宮」も、離宮の施設の1つとされています。

 さて、この地に眠っておられる3人の天皇さんの御陵です。
 まず、「白河天皇成菩提院陵」です。

Img_3510a

初めて「院政」なるものを行ない、43年間に亘って治天の君として君臨されたのが第72代・白河天皇でした。

 次は、「鳥羽天皇安楽寿院陵」です。

Img_3537a

白河天皇の孫で、父・堀河天皇の崩御後、数え年5才で即位されました。
第74代の鳥羽天皇でした。
前面の門と重なっていて判り難いかも知れませんが、後ろの小さなお堂が御陵です。

 その次は、「近衛天皇安楽寿院南陵」です。

Img_3558a

鳥羽天皇の子供で、第76代の近衛天皇です。
兄が崇徳天皇、弟が後白河天皇です。
20才の若さで崩御されました。
白河・鳥羽・近衛の3天皇は、何れも三重塔に遺体や遺骨が安置されたそうですが、
当時の塔は残っていません。
この近衛天皇の多宝塔も、豊臣秀頼が慶長年間に再建したものです。

 これらの御陵を管理するための「安楽寿院」が、近くにあります。

Img_3554a

ここ「安楽寿院」は、全国に63カ所に荘園が設定され、江戸時代まで陵墓の管理をされていたそうです。
また、幕末の「鳥羽伏見の戦い」では、官軍(薩摩軍)の本営になったとのことです。

 これらの3つの御陵は、地下鉄及び近鉄の竹田駅から歩いて西へ約10分位のところにあります。

 次回は、「保元の乱」の現場を、ご紹介する予定です。
※尚、NHKドラマ「平 清盛」に関連しての記事は
     カテゴリー「地域 歴史」をご覧ください。

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