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2012年3月26日 (月)

待賢門院璋子ゆかりの場所を訪ねました

 昨日のNHK大河ドラマで、遂に一人のヒロインが亡くなられましたね。
その方は、「待賢門院・璋子」(たいけんもんいん・たまこ)さまです。
 檀 れいさんが演じていた鳥羽法皇の中宮(奥様に準ずる)でした。
最後の場面は、鳥羽法皇(三上博史・演ずる)が、璋子さまの病室の外から号泣しつつ、お別れの言葉を投げ掛けていましたね。

 その璋子さまゆかりの場所 2か所を訪ねました。
実は昨日璋子さまが亡くなられる予感のもとに、昨日の午後冷たい雨が降る中、
その場所に行ったのです。
何れも、昨日のドラマの最後にゆかりの地として紹介されていたところです。

 始めは「法金剛院」(ほうこんごういん)です。
JRさがの線・花園駅から西に行ったところで、丸太町通に面して、
長く生垣が延びています。
 有名な「双ケ丘」の東にあります。

Img_2340a
右手が、丸太町通で、その先にJR花園駅があります。
ここは丁度市バス「花園扇野町」の停留所のまん前です。
右の生垣は、東に約100m程続いています。

Img_2339a
上の山門をくぐると、こんな景色が見えます。
受付は左の方で、右の奥には池を中心にした庭園があります。
また奥の方には「青女の滝」(特別名勝)もあり、市内で唯一の平安時代末期の浄土形式の庭園が残されています。
夏には蓮の花が咲き、多くの人々が観蓮会に来られます。
”関西花の寺” 第13番でもあります。

 ここで、ここ「法金剛院」の歴史をご紹介します。
  830(天長7)年に、右大臣清原夏野は、この地に山荘を造営
  彼の死後、寺院(雙丘寺)となる
  さらに文徳天皇(第55代)によって天安寺と改められ
  その後、鳥羽天皇の中宮・待賢門院璋子により「法金剛院」として
  1130(大冶5)年に供養が行われた
  その後も建物の造営が拡大し、最盛期には南北3町(約360m)
  東西2
町(約240m)の規模となる

 1996年の発掘調査によって、遺跡が発見され、
 三重塔もあったことが判明しています。

Img_2350a
ここはJR花園駅から南西に約50m程の場所にある台地で、現在墓地になっていますが、かつての「法金剛院」の庭園の中にあった築山の跡だと聞きました。

 中宮・璋子さまは、1145年に亡くなられています。

そのお墓が、ここです。「法金剛院」の裏山と言った感じの場所です。

Img_2349a
御陵の入り口の掲示には「鳥羽天皇 皇后璋子 花園西陵」と書いてありました。

Img_2343a
近付いて見ますと、石碑には「鳥羽院天皇 中宮 藤原璋子 花園西陵」と刻まれています。
但し「中宮」の文字は、はっきりと読めませんでした。
何か消された様な感じです。
「鳥羽院」とは、鳥羽天皇が上皇・法皇として「院政」を行っておられたためと思います。

 大河ドラマ「平 清盛」にも描かれていた様に、鳥羽天皇の寵愛をめぐって、璋子と得子(なりこ・後の美福門院・松雪泰子演ずる)との女の戦いが展開されていました。
 璋子は藤原家の中でも身分の高い家柄に対し、得子は同じ藤原家でも傍流で身分は低い階級だそうです。
 また、璋子と佐藤義清(後に出家して西行・藤木直人演ずる)との愛の葛藤もありました。
 さらに璋子は、白河天皇との間に後の崇徳天皇を生んだとのスキャンダルもあり、
波乱の人生を過ごしています。
このスキャンダルは、その流布に政治的謀略の説もあるようで、真実は闇です。

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地域 歴史」カテゴリの記事

コメント

古都人さん
 こんばんは!(^^)!
大作ですね~(*^。^*)
そしてタイムリーな紹介になりましたね。
大河ドラマをご覧になっておられる方達は、興味深く拝見される事と思います。
勿論、私も今日のブログはとても興味深いものでした。
大河ドラマのファンで、平清盛のファンです
昨夜は壇 れいさん演ずる待賢門院・璋子さまと鳥羽法皇との別れ、
胸を熱くして見ていました。
ドラマの後で法金剛院も紹介されていましたね

記事を拝見して、ドラマでは解らなかった事柄がとてもよく解りました。
私は夏の見事な蓮の花しか知りませんでしたが勉強になりました

お墓は、雨に霞んでいるのでしょうか
璋子さまの悲しみを感じています
一度お訪ねしてゆっくり手を合わせたいです

こんばんは
 お訪ねして繰り返し拝読しました
私も平家のファンで平清盛のファンです。
大河ドラマ、昨夜は勿論、涙をこらえながら見ていました。
そしてミーハーですが、壇 れいさんのファンになってしまいました。
 
そんなことも有り、今日ご紹介のゆかりの地2か所は特に興味深く拝見しました。
法金剛院の歴史も今、学ばせて戴きました。
私も蓮の頃に一度お訪ねしたことが有りますが、何も知らずに単に蓮の花だけを見ていました。

御陵も静かな佇まいで雨にしっとり、璋子さまの生涯を愛しんでいるように見えます。

京都のお寺や神社は歴史の深い場所が多いことを改めて嬉しく思いました。

 昨日は寒くて雨が降りました。
その中をお出かけされたのですね
古都人さんの予感が当たったのですね。
取材お疲れ様でした
そしてありがとうございます。
 

古都人さん
いつもありがとうございます。
大河ドラマは見ていませんが、待賢門院・璋子さんと
美福門院さんのお二人の生きた姿は大好きです。
法金剛院の蓮は大きくて立派で美しいですね。
歴史を肌で感じながら庭を歩きました。
御陵は見ていませんので見せて貰えて
嬉しいですわぁ。

コスモスさんへ
こんにちわ
この辺りは平安時代 貴族の別荘が多くあった場所の
ようです 今は双ケ丘の周辺は住宅がぎっしりと建てられて
いますが その頃は勿論何もない雑木林に田んぼなどの
平野だったでしょうね 想像も付きませんが・・・
お墓は五位山と言う低い山の麓になります
鳥羽法皇が亡くなられると直ぐに戦乱の世となります
その鳥羽法皇の御陵は城南宮の近くにあります
昔のご夫婦のお墓はそうなんですね
相当離れたところにお墓がありますね

taekoさんへ
こんにちわ
平 清盛の視聴率が低い ワーストに入るとか 
インターネットで知りました 12.6%とか
なぜこんなに人気が無いのでしょう?
判りませんね
暗いと言うのは当初兵庫県の知事さんが言っていましたが
今までの平家一族の華やかさからのイメージでしょうかね
さてNHKはどんな手を打つのか

ムームーさんへ
こんにちわ
こちらこそ何時も有難うございます
ムームーさんは何時も大河ドラマはご覧にならない
のですか 見なければならないことは全くありませんが・・・
私は当初からずっと見ています
歴史が好きですのでつい見てしまいます
清盛は視聴率が低い様です

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