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2012年3月14日 (水)

源平ゆかりの地ウォーク(その2) 西八条第跡他

 「源平ゆかりの地ウォーク」前回の続きです。 
多分まだ平家の「西八条第」跡の中を歩いていると思います。
それ程平家の「西八条第」が広大だったと言うことです。
 次は「西八条第」跡の一角と思われる「若一神社」(にゃくいちじんじゃ)です。
ここは、先日「西大路七福社めぐり」でも、ご紹介したところです。

 この神社は、平清盛が熊野詣でから戻った折に、東方の築山に光があり、3尺掘ったところから「若一王子」のご神体が現れたのを、祀ったとのことです。
清盛の像は幾つか見ますが、ここにも青年期の清盛像が置かれています。
Img_1003a_2
分別臭いおっさん顔をした清盛像ですね。
また社前(西側)には、清盛お手植えの大楠木があり、西大路通を「く」の字に曲げさせる神力があるとのこと。
崇りを畏れて手を加えられないとか。

Img_1007a
境内には「平家物語・祇王」の歌碑があります。

「萌えいずるも 枯るるも同じ野辺の草 何れか秋にあはではつべき」

無常観あふれた歌ですね。

 「東寺」と対称的に、平安時代に建てられ、早くに無くなってしまった
「西寺」跡を横目に見ながら、「羅城門」跡に着きました。

Img_1013a

「平安京」の南の玄関口(正門)でした。
幅が約35.7m 高さ は約21mをこえる壮大なものだったそうですが、
天元3年(980)には倒壊し、それ以降は再建されませんでした。
従って、清盛が生まれた元永元年(1118)には、存在していません。

 次は、漸く源氏ゆかりの地が出て来ます。

 

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