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2011年12月19日 (月)

2011・秋の京都のまち中を歩く (その6)

 「西洞院通」を下って来て、「高辻通」まで遣って来ました。
ここで右折して、「堀川通」まで西に向かいます。

 右折して、直ぐにあったのが、この石碑です。Img_4203a
「道元禅師示寂聖地」とあります。曹洞宗の開祖・道元は、
永平寺の基礎を築いたあと、ここに移り住み病を得て
54才で、この地で亡くなりました。

Img_4205a
「堀川通」に出ました。北から南の方を見ています。
この道路は戦争中の爆撃による類焼防止の為、
西側の民家が強制的に取り壊されました。
 戦後、道路整備により道幅は片側3車線の大道路となりました。
次にご紹介する「五条通」と並んで、京都市内では有数の大道路です。

Img_4206a
「五条通」です。
「堀川五条」に架かる陸橋(歩道橋)の上から、東方向を見ています。
向こうの山並みは、東山連峰です。
「五条通」は、国道9号線でもあります。

Img_4211a
「堀川五条」から西に進み「五条壬生川」を経由して、
↑の「島原大門」前に来ました。
高麗門の大門をくぐって島原の域内に入ります。

 今も残っている島原遊郭跡の建物2つを、ご紹介しましょう。
2つの建物以外にも、何となく遊郭の雰囲気は感じられます。

Img_4215a

まず始めは「輪違屋」(わちがいや)です。
島原では花魁を太夫と言いますが、ここ「輪違屋」ではその太夫を育て、
囲っているところ「置屋」(おきや)です。

Img_4218a
次は「角屋」(かどや)です。その玄関です。

Img_4216a
左手奥が↑の玄関です。こちらが北に広がる建物です。
ここ「角屋」は「揚屋」(あげや)と言って、太夫を呼んで酒宴を開くところです。「輪違屋」は一般公開していませんが、「角屋」は「もてなしの文化美術館」として一般公開されています。

 この後は「梅小路公園」に行きます。
尚、ここまでの”2011・秋の京都のまち中を歩く”は
 (
その1)(その2)(その3)(その4(その5)をご紹介しています。
                                    

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