2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

お勧めブログ

無料ブログはココログ

« 2011・秋の京都まち中を歩く (その2) | トップページ | 2011・秋の京都・まち中を歩く (その3) »

2011年12月12日 (月)

国宝・二條城内を歩く (その3)

 「二條城本丸」に入って来ました。

Img_3762a

真ん中に見える門は、本丸楼門を中から見たところです。
高い石垣が、本丸の守りの厳しさを示しています。

Img_3766a  

「本丸御殿」です。元の御殿は天明の大火(1788年)で焼失しましたが、
この「本丸御殿」は、明治26~27(1893~94)年に、
京都御所の桂宮本邸を移築したものです。
現在は建物に不具合(確か耐震性だったと思いますが)一般公開はされていません。

Img_3767a
本丸の西南隅「天守台」に上ります。急な石段を登らなければなりません。
 天守閣は、創建当時は今の二の丸御殿の西北部にありましたが、
後水尾天皇の二條行幸に際して、大規模な普請が行われ今の地に、
層塔型の五層の天守閣が新造されました。
寛延3(1750)年には、雷火によって焼亡し、以後天守閣はついに再建されませんでした。

Img_3776a
「天守台」上から東北方向を眺めたところです。
手前に「本丸御殿」の建物群が見え、遠くには比叡山が眺望出来ます。

Img_3778a
「本丸御殿」の車寄せです。豪壮ですが、質素な感じがします。

Img_3780a
本丸のエリアから、外に出るところです。
ここでも、厳しい石垣が築かれており、守りを固めています。

 「本丸」のエリアから、北側を回って「東大手門」に向かいます。
尚、「国宝・二条條内を歩く」はシリーズでご紹介しています。
その1)(その2)です。

« 2011・秋の京都まち中を歩く (その2) | トップページ | 2011・秋の京都・まち中を歩く (その3) »

地域 歴史」カテゴリの記事

コメント

古都人さん
 おはようございます!(^^)!
二條城を今回で三回拝見しましたが
国宝だけの事は有りますね。
本丸の公開がなされていないことが残念です。
和風の立派な建物の内部がどのようになっているか
とても興味が有ります。
 天守閣へは何度か上っていますが、確かにここの石段は特に下りが危ないです。
手すりを付けて欲しいといつも思います。
五層の天守閣が再建されなかったことは残念ですね。
 本丸御殿の車寄せは私も何時も地味やなあと思っています。

お城の石垣の目的は威風堂々の感じを受ける事が多いです。
石垣は戦国時代のお城の一つの顔でも有るのですね
当たり前のことに改めて感心しています。
石垣は二条城のように綺麗に積まれたもの、そうで無いものが
有りますが、どちらが守りにおいてより厳しいのか
そんなことを思っています

おはようございます
その(2)でもコメントさせて戴いたかも知れませんが
二條城がこんなに素晴らしいお城であることを誇りに思います。
京都には御所と言い有名な神社仏閣が有って
私達は恵まれていますね。

今回も写真に添えられた丁寧な説明を読ませて戴いて
沢山の事を学ばせて戴きました。
 戴くパンフレットに書いてあるとは思いますが
どうしてもお座なりに読んています。
 
 私は足が少し不自由で天守台には上ったことは、有りません。
東北方向の写真、興味深く拝見しています。
本丸御殿の建物群も素晴らしく、
比叡山も見えるのですね。
広々とした光景が広がる天守台からの眺め
実際にこの目で見たいものです。


 

コスモスさんへ
お早うございます
二條城は平らなところに造られた所謂平城であり
防御の点でもっと堅固な守りが必要な筈ですが
徳川家康は自信を持っていたのでしょうか
この程度の防御施設しか造っていませんね
むしろ二條城は朝廷や諸大名に対する威圧的な
ことを考えて造ったと思います
儀式を中心としたお城ですね

taekoさんへ
お早うございます
そうですね 京都は見るべきところが沢山あって
ブログ作りにも苦労しませんね
御所・二條城・諸仏閣と神社、遺跡など
それに季節の移ろいと題材には事欠きません
むしろ何処に・どれにしょうか迷ってしまう始末です
二條城のご紹介はもう1回ありますので
もし宜しければご覧ねがいます
さて師走もそろそろ後半に入ります 大掃除など年末
恒例の仕事が待っています 就きましては今日から
記事はほぼ毎日up出来そうに思いますが
コメント欄は開けたり閉じたりなると思います。
 これからも宜しくお願い致します

コスモスさんへ
追記です
そろそろ師走も後半に入ります
毎年恒例の大掃除など年末何かと忙しくなりますので
記事はほぼ毎日up出来そうですが
コメント欄は開けたり閉じたりになると思います。
 これからも宜しくお願い致します
申し遅れましたので追記させて頂きました

京都市、高槻市、亀岡市に住みましたよ。

二条城といえば、メーデーの時が大変賑わっていたような
気がします。
小学校の修学旅行でも訪れました。
その時は、うぐいす廊下に興味を引かれました。
修学旅行で行った場所が、京都という印象は深いものですね。
時代劇の場面で、ここは二条城、嵐山周辺、愛宕山が映り込んでいる
なども楽しみですよ。

12月25日は、全国高校駅伝を見ながら京都の風景を追います。
愛知県代表は隣市の豊川工業(男子)、豊川高校(女子)が出場します。
この大会が終わると、いよいよ今年も終わり、新年を迎えるモードになります。
またまた余分な事を書いてしまいました。

古都人さん
こんばんは~
いつも心配りいただいて感謝しています。
二条城は何度訪れても素敵なお城ですねぇ。
私もあの階段は一度であとは上れないです。
昔の人はどのようにしていたのでしょう?
お城の石垣って見てると往時を偲べるようで
大好きなんですよ。
見せていただいてまた行きたくなりました~

matetuさんへ
京都市・高槻市・亀岡市と近畿地方にお住まいだったのですね
どれ位住んでおられたのでしょうか
二條城前でのメーデーは私も組合員の時は参加していましたよ
大分昔のことですがね 二條城から円山公園まで(後に市役所まで)
デモ行進しました 懐かしい思い出です
以前は京都市内のあちこちで時代劇の撮影が行われていた様です
現在は郊外に行かないとダメな様ですね
時代劇の撮影のノーハウはまだ京都には存在していますが時代劇の撮影
そのものが無くなりつつあり行政では危機感を持っていると聞きます
高校駅伝(12月)と女子駅伝(1月)は京都市内の風物詩になりましたね
さて今年も残り少なくなって来ました そろそろ年末恒例の諸行事が始まり
ますので記事はほぼ毎日upしますがコメント欄は開けたり閉じたりとなり
ますがこれからも宜しくお願い致します

ムームーさんへ
こんばんわ
二條城の天守台への石段は1段が大きいですね
昔の人達は平気だったのではないでしょうか
駆け足で上り下りしていたかと想像します
私もお城好きです 主なお城は行ったと思います
やはり鉄筋のお城ではなく昔のままのお城には
魅かれますね 例えば姫路城や彦根城など
さて今年の師走もそろそろ後半に入りますね
そこで年末多忙となりそうですのでブログの記事は
ほぼ毎日up出来そうに思いますがコメント欄は
開けたり閉じたりなると思いますので何卒宜しく
お願い致します

こんばんは (^o^)/
二條城、天守閣がないお城だと思っていましたが、かつてはあったのですね。
それに、大きな石垣。さぞ立派な天守閣があったと思います。
徳川から皇室へと移り、そして現代・・・、
天守閣を再建しなかった方がむしろ良かったのかもしれませんね。

慕辺未行さんへ
お早うございます
そうなんです 二條城にも天守閣があったのです
江戸時代の屏風絵にも描かれています 例えば洛中洛外図屏風など
層塔型五層の天守閣は1750年に雷火で焼失した後は再建されなかった
と言うことです それまでも地震や雷雨などで損傷していたそうです
さて 師走も半ば近くとなり何かと忙しくなってきましたので
ブログの方はupは何とか毎日可能かと思っていますが
コメント欄は開いたり閉じたりとなりそうです
宜しくお願い致します

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1153718/43100720

この記事へのトラックバック一覧です: 国宝・二條城内を歩く (その3):

« 2011・秋の京都まち中を歩く (その2) | トップページ | 2011・秋の京都・まち中を歩く (その3) »