2015年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

お勧めブログ

無料ブログはココログ

« 近江八景を訪ねて歩きました (その1) | トップページ | 「京都・上賀茂神社の鎧着初式」 »

2011年11月27日 (日)

近江八景を訪ねて歩きました (その2)

昨日の続きです。
 「近江八景」の「石山秋月」、「瀬田夕照」と来て、さて三番目は「粟津晴嵐」(あわづのせいらん)です。季節の設定は春です。
 情景としては、春靄(もや)がかかっているところに、湖上の風が靄を吹き払い、緑の松並木が現われるといった景色です。
想像してご覧くださいね。(と言っても、この背景では無理ですね)

Img_9435
勿論、今この時点では、靄は見られません。
 昔の東海道の松並木も今は、3本(もう1本は、少し離れた場所に)
が残っているだけです。
現在のこの辺りの景色からは、想像し難いですね。

右手を進むと、左折して膳所藩領内に入ります。

 4番目は、「矢橋帰帆」です。設定された季節としては、夏です。
夕方になると、船が続々と帆をたたみつつ、港に帰ってくる情景です。

Img_9505
近くに立てられていた説明板です。江戸時代の風景版画ですね。

Img_9513
当時の突堤の一部が残されています。近くには、常夜燈も残っていました。
今は、湖岸も埋め立てられ、昔を偲ぶよすがもありませんが・・・。
向こう側が琵琶湖です。

Img_9504
今の矢橋港です。繋留されている船も少ないです。
レジャー用が主の様です。
 江戸時代、東海道は「瀬田の唐橋」を通る(少し遠回りになる)か、
急ぐ人はここ矢橋港から船に乗って琵琶湖を渡り、
大津港に上陸して京へと進みました。
 しかし、船は比叡おろしの風に吹かれ、欠航になったりして却って時間がかかる場合もあったようです。
 そんなことから、「急がば回れ 瀬田の長橋(唐橋)」と謂われました。
大津港にあった「常夜塔」が(その1)
でご紹介したものです。
「本能寺の変」の時、堺にいた徳川家康は、急遽三河に帰る時、
この矢橋の港を利用したとか言われています。

 5番目は、「唐崎夜雨」です。設定季節は、夏です。
昔は驚くばかりの松の老大木があり、
夜は静かに降っている雨
音を聞いていると言う情景です。

Img_9543
これがその巨大な松です。
今の松は、昭和4年に枯れたので、元の木の種子を育てたものだそうです。
記録によれば、根の周り3丈6尺(約11m)枝の巾は東西40間(約72m)
南北48間(約86m)もあったとのことです。
現在の大きさは、上の半分もないのではと思いました。
この松と同じDNAを持つ松が、「金沢の兼六園」にあるそうです。

 6番目は、「堅田落雁」です。季節は冬です。
満月寺の浮御堂近くの芦原に雁の群れが、列をなして飛んでおり、
やがて芦原に舞い降りて来る、と言う情景です。

Img_9537
これが、このお寺「満月寺」の山門です。
お洒落な山門だと思われませんか?この先に、「浮見堂」が有ります。

Img_9529
琵琶湖に突き出た「浮見堂」です。

当日は、雁は全く見られず、近くにはユリカモメの群れが飛んでいました。芦原も近くでは、見られませんでした。
和菓子の「落雁」は、ここの名前から取られたものだそうです。

 7番目は、「比良暮雪」です。季節は冬または早春です。
比良山系に残る残雪を、少し離れた湖岸から眺めた情景です。
今は勿論雪は見られませんが、私は今までに、
冬に何度か見る機会が有りました。

Img_9519

「琵琶湖大橋」を渡りつつ見た「比良の山々」です。
右手の先には、「暮雪山」と呼ばれる「堂満岳」(どうまんだけ)があります。

 駆け足で巡った「近江八景」ですが、昔の人達は一景一景をじっくりと楽しみつつ歩いて回った事でしょうね。

 

« 近江八景を訪ねて歩きました (その1) | トップページ | 「京都・上賀茂神社の鎧着初式」 »

京都府外」カテゴリの記事

コメント

古都人さん
 おはようございます!(^^)!
再度(1)も拝見して改めて近江八景の素晴らしさを思います。

 春靄のかかったところに湖上の風が靄を吹き払って、緑の松並木が表れもる
目を閉じて想像しています。
私の感性では無理のようですが、そういった光景を見たいものです
 矢橋帰帆。江戸時代の琵琶湖の風景はこんなに風情のある
長閑なものだったのですね
 琵琶湖にも歴史の流れが有ったのですね
突堤の一部をしみじみ拝見しています。
 
 急がば回れの瀬田の唐橋の意味もよく解りました。
満月寺のお洒落な山門とそれを優しく彩る紅葉、そして琵琶湖に突き出た浮見堂
絵になりますね。
 比良の山々は若い時に随分登った懐かしい山です。
早春の比良山の残雪も美しいですね

 こうして近江八景をご一緒させて戴いて
懐かしくもう一度全てでは無くても良いですし
昔の人達のように、設定されている季節に、ゆっくり時間をかけて訪ねたいものです
今回も丁寧に説明して頂いて去年歩いた時より、すっと良く解りました。
 ありがとうございます(*^。^*)

おはようございます
  昨日今日と連続で近江八景を拝見して
やはり良い場所が選ばれていますね
よく知っている場所、少しは知っている場所、知らない所なども有りましたが
昔の人達はとても贅沢な愉しみ方をされていたのですね

 一番良い季節を選んでじっくり時間をかけて訪れる
歴史をも思いながら感じながら歩けたら、とても贅沢なことだと思います。
今の私にとって一番大切な時間の過ごし方では無いか
そんな事を思いました。

 二回とも、丁寧に説明して頂いてありがとうございます。
おかげで興味を持って拝見出来、知識も少しは増えました。

コスモスさんへ
こんにちわ
しっかりとお読み頂いてのコメント 有難うございます
2回を通じて今その姿を留めているのは少ないのですが
多少なりとも雰囲気を味わうことや昔の出来事を思い返すことは
出来そうに思いました
開発が進む中で昔の姿を少しでも残して貰いたいものです

taekoさんへ
こんにちわ
多少なりともご存知の場所があったと言うことは大変嬉しいです
すっかり姿が変わってしまったところもありますが少しでも雰囲気
が感じられるところには時間を掛けて訪れるのも大変有意義かと
思います
もしそんな企画があるようでしたらブログでご紹介したいと思います

こんばんは (^o^)/
昨日は母を医者へ連れて行き、今日は自宅で家事三昧。天気の良い週末でしたが、どこへも出かけられませんでした。
そんなとき、皆様のブログであちこちの旅を楽しませていただいてます。
出かけることはできませんでしたが、こちら古都人様のところで”近江八景”の旅、楽しませていただきました。
滋賀県は岐阜や三重県に近いところなら、よくドライブしましたが、大津の方まではなかなか足を延ばせませんでした。
東海道の松並木、いろいろなところにまだ残っているようですね。国道1号線は一部、旧・東海道を利用していますから、何気に見ることができたりします。
満月寺の山門はどこか大陸的な印象を受けました。

慕辺未行さんへ
お早うございます
お母様 大変でしょうが どうぞお大事になさってくださいませ
私も8年j前に98才で亡くなった母を約2年間寄り添っていました
どうぞ拙いブログですがお楽しみ願えれば嬉しいです
旧東海道と国道1号線が合致しているところは少なくなっていますね
大津市内の浜大津から京都の三条大橋まで位でしょうか

慕辺未行さんへ
追記です
何時も お忙しいのにご覧頂き 丁寧にコメントも頂きまして
有難うございます 大事なことを申し上げるのを失念しておりまして
済みません 余りご無理をなさらない様にお願い致します

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1153718/41828814

この記事へのトラックバック一覧です: 近江八景を訪ねて歩きました (その2):

« 近江八景を訪ねて歩きました (その1) | トップページ | 「京都・上賀茂神社の鎧着初式」 »