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2011年11月 6日 (日)

京都御所・今秋の一般公開に行って来ました (その3)

 御所の中でも、最高の格の「紫宸殿」から、天皇さんなどが日常お暮らしになるエリアに移ります。

 そのはじめの建物は、「紫宸殿」の北西にある「清涼殿」(せいりょうでん)です。

Img_0253a
ここは「中殿」(ちゅうでん)とも呼ばれます。
 平安時代は、天皇さんなどが、日常の御住居として使用されていました。
建物の中は、間仕切りの多い複雑な構造になっているそうです。
天皇さんの昼間の御座と、夜の御座とがあります。
建物の前の竹は「呉竹」と呼ばれる竹で、左手には「漢竹」もあります。
左端にほんの少しだけ見えているのは「年中行事」をびっしりと書き込んだ
衝立が置かれています。

Img_0250a
こちらは、天皇さんの「昼御座」です。こんな幕みたいなものに囲まれて、天皇さんはお暮らしになっていたのでしょうが、お窮屈ではなかったのか、下々の民は心配します。

Img_0255a
今回、私は初めて見ました。「陣の座」です。
「紫宸殿」に連なる建物の一角で、天皇さんが紫宸殿にお出ましになるとき、ここで左近衛府の武官が陣を敷いたことに由来するそうです。

 次は、「小御所」に向かいますが、ふとその屋根に目を向けますと、見事な「懸魚」(けんぎょ)に、心惹かれました。

Img_0256a
さすが御所の懸魚かなと思いました。懸魚とは、写真のほぼ中央に見えるハート形の作り物です。お寺などでは必ずと言って良いほど付けられています。

Img_0258a

「小御所」では、今しも雅楽を楽しまれている最中でした。琵琶・琴・篳篥・笛などの合奏の様子です。

「小御所」は、平安時代にはなく、鎌倉時代に内裏に採り入れられた建物です。
幕末の「小御所会議」は、歴史上有名です。

Img_0261a

「小御所」の前に広がる、回遊式庭園の「御池庭」です。

 次に、「小御所」の北に連なる建物群に向かいます。

尚、京都御所秋の一般公開は見学した順番にご紹介しています。
              その(1)
              その(2)

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京都御所・京都御苑」カテゴリの記事

コメント

古都人さん
 おはようございます(^・^)
京都御所の続き、愉しみにしていました。
知っているようで実は知らなかった事の多さに今更驚いています。
 天皇さんの昼御座、この中でお暮しになられていたのなら
随分、窮屈な思いをされていたことでしょうね。

陣の座は私も初めてですが
やはり厳重に守られておられたのですね。
それも或る意味窮屈かも
 私も最近”けんぎょ”を気を付けて見ていますが
形も違ったものが有って面白いですね。

 小御所の様子はやはり雅そのものですね。
幕末の小御所会議はドラマで知ったように思いますが忘れました。
改めて調べて見ます。

 御池庭は私も撮りました(^_-)
こうしてブログで丁寧にご紹介して頂いて
御所の素晴らしさが今まで以上に深まったと思います。


コスモスさんへ
お早うございます
同じ京都御苑内にある「京都迎賓館」は現代の日本の技術の粋を結集して造られた
ものですが 対して京都御所は平安京の昔からの和の技術の粋の結集が あの広い
空間に展開されていると思うと その偉大さ 凄さが強く感じられますね
私は一般公開の回数をもう1~2回増やしても良いのではと思います
国民の財産ですものね
そして公開の範囲も少しずつ広げることも・・・

古都人さん
おはようございます~
京の誇りのひとつである御所、いつ見ても心に
響きますねぇ~
このような所でお暮らしだなんてしんど~って思いますよね。
今の私達は自由にしてるのですもの。
昔を偲びながら見てまわると素晴らしいものの発見が
ありますね。
私はいつもわぁ~ふ~きれいなぁ、流石やなぁ~って言いながら、
さっさと見てまわるから娘に怒られています。
見せていただいて少し頭にいれておきます~
ありがとうございます♪

ムームーさんへ
こんばんわ
丁寧にご覧頂いた様で有難うこざいます
歴史の講座など聴いておりますと 天皇さんのお暮らしも
時の政治家や幕府の意向などで大変だった見たいですね
今の庶民の生活からは想像も出来ない部分もあったようですね

とても嬉しい写真と、珍しい事柄 驚きながら拝見致してます 。
清涼殿 は、良く聞きます お庭の呉竹 と 漢竹 由緒あるのでしょうね
次の写真の中 「昼御座」 こんな とばり の中 息苦しいでしょうね お召し物もしっかり着付けられて
でも、源氏物語の場面の設えと見えてしまいます 。
「陣の座」 このような場所 有るのですね こんな板張り廊下に座って待つのでしょうか 季節を直接受けますね 
屋根の飾り 「 懸 魚 」 と言うのですか 初めて知りました 沢山の知識を、頂いています 有り難うございます。
眼と頭が熱くなりました所に「御池庭」 に出ました  これは、素晴しいです。

こんばんは (^o^)/
古の雅な歴史ロマンが感じられます。今から1000年もの昔、ここではどんな優雅な暮らしがあったのか?と。
”懸魚”というものは、言葉としては初めて知りました。「お寺には必ずと言っていいほどある」のですね?今度どこかのお寺を訪ねたら、意識して見てみようと思います。今までも見たことはあるのでしょうが、意識したことはありませんでした。
この京都御所にはいつの時代まで、天皇がお暮しになったのでしょうか?そちらの興味が湧いてきました。

ばーぱんさんへ
こんにちわ
丁寧にご覧頂きまして大変嬉しいです 有難うございます
天皇さんの「昼御座」について もう少し詳しく申しますと
板の間に繧繝縁(うんげんべり)の厚畳を2枚敷き
中央に天皇さんがお座りになる椅子を置き
その周りを几帳で囲うようになっていますね
天皇さんは ここで勅裁などもされたとのことです
「懸魚」は気になり出すと必ず目がそこに行ってしまいます
大小幾つかの形があるようですので もし気付かれたら
見てみてください 面白いですよ

慕辺未行さんへ
京都御所の始まりは 桓武天皇の平安京遷都により 大内裏が造られた
ことによりますが その後度々の焼失で内裏が一時的に公卿の邸を借用し
里内裏として天皇のお住まいとなりました
その里内裏が定着して行き 今の御所は里内裏のひとつであった
土御門東洞院殿がそのまま続いた形になっています
初めの大内裏は京都市内千本丸太町付近にありました
それが幕末の孝明天皇の時代まで続きました
明治天皇の東京奠都で御所の役目は終わりました
平安遷都794年から明治元年1868年までが京都御所(天皇が住まわれた)です

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