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2011年10月27日 (木)

京都府下・亀岡の町を歩く 

 京都府下・亀岡市内のコスモス園で”風にそよぐコスモス”を見た後は、
城下町・亀岡の町を歩きました。
 城下町と言いますから、当然お城がなければなりません。
そのお城とは、築城400余年の「亀山城」で、明智光秀が丹波国を治めるために造ったお城です。また織田信長を討つために本能寺に向かって出発したところでもあります。
 三重県の亀山と区別するために”亀岡”としたものです。

Img_2734a
JR嵯峨野線・亀岡駅を降りて、正面にお城の森が見えます。
それに向かって真っ直ぐ進むと、お城の北側の堀に着きます。
そこは「南郷公園」と言うのですが、その傍にあった説明板を撮りましたのが、上の絵図です。
絵図のほぼ真ん中が亀山城です。

Img_2730a
上の絵図の北側にある堀の一部です。
城跡は、この森の右手にあります。

現在「亀山城」跡は、宗教法人「大本」の聖地になっています。
手続きとお祓い(神域に入るため)を受けた後に、城跡を拝見します。

Img_2739a
天守台への上り道ですが、ここは「大本」にとって最も神聖な場所とのことで我々は上ることが出来ません。
苔生した石垣が、古城の趣きを感じさせてくれます。

 城跡を散策したあと、市内を走るバスに乗って、「穴太寺」に向かいました。

Img_2705a
西国三十三ケ所・観音霊場、丹波国・第二十一番札所「穴太寺」(あなおうじ)の山門前です。
天台宗のお寺で、創建は寺伝によれば奈良時代の慶雲2(705)年だそうです。

Img_2722a
 境内に入りますが、殆ど人影は見られませんでした。
写真は、本堂です。ご本尊は、薬師如来と聖観世音菩薩です。
本堂の中には等身大の釈迦如来大涅槃像があり、自分の治したい箇所と涅槃像のその部分を撫でると、ご利益があるとのことで、早速私は頭と膝とを撫ぜさせて頂きました。
書院の南面には、京都府指定名勝のお庭がありました。

 「穴太寺」を後に、再びバスに乗り、亀岡市中心部に戻り、城下町を散策しました。その中で見付けた町家の1つです。

Img_2748a
平入りが殆どの中で、見付けた「妻入り」の町家です。
妻に造られた小窓、その庇、そしていろいろな格子戸など、風格のあるお家です。暫し見惚れていました。

 中心部のあちこちには、「亀岡祭」の山鉾の収蔵庫があり、町の歴史を肌で感じたひとときでした。なお、「亀岡祭」は10月23~25日に催されます。
城下町の秋まつりで、山鉾の提灯やお囃子、巡行は、京都の祇園祭を彷彿させます。

 他に、光秀まつり(5月)や佐伯灯籠祭・人形浄瑠璃(8月)などもあります。

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地域 歴史」カテゴリの記事

コメント

こんばんは (^o^)/
亀岡はかつて、亀山と呼ばれていたのですね。初めて知りました。
今はお城はなく、石垣のみの城跡となっているのですね。光秀の最期と重なるような感じですね。
穴太寺、創建が705年って・・・、奈良時代以前では?1300年余り経つのですね (゚o゚)スゴイ!
これほど長い歴史があるのですから、きっと御利益あるでしょうね。

慕辺未行さんへ
お早うございます
705年は飛鳥時代と奈良時代の丁度境目になりますね
大宝律令が成ったのが701年で飛鳥時代 平城京遷都が和銅3年(710年)ですから
705年はその間になりますね
穴太寺はやはり古寺の雰囲気がありました

始めてコメントします。写真を拝見し大変なつかしくコメントしました。
社会人になって最初に住んだのが京都市(市電が走っていました)、その後高槻市、京都市、亀岡市、現在愛知県に住んでいます。この町にはS37年製の市電も走っています。(過っては京都の町を走っていたのかな?などと思い出します)この町では市電、便利そうです。
亀岡市には1年半しか住んでいませんが、春秋の霧には吃驚。
休日には自転車で散歩。坂道が多かったような気がします。
当時の亀岡駅舎、街並みは落ち着いた趣があったように思います。

maetetuさんへ
コメントを頂きまして有難うございます
そうですね 亀岡はいつも霧が発生していますね
最近の朝の冷え込みでほぼ毎日濃霧注意報が出ています
坂道が多かったとのことですが 多分保津川の北の方に
お出かけになったのではないでしょうか
牛松山などの麓に素敵な道が延びていますね

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