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2011年10月23日 (日)

大津市・石積みの町”坂本”を訪ねて

 坂を登れば、比叡山 坂を下ると、琵琶湖。
坂本は、比叡山延暦寺の里坊(年をとって山を下りたお坊さんの隠居所)が立ち並ぶ静かな町です。
 
石垣に沿って、静かな石畳の参道を、日吉大社に向かって歩いています。
なだらかな坂道です。

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石を積んだのは、穴太衆(あのうしゅう)という人たち。
日吉大社の参道や西教寺へ続く沿道を散策すると、周囲の樹木と調和した美しい石垣の列に心をうばわれます。
 この石垣が穴太積み石垣で、かつて穴太に住んだ石工の集団穴太衆によって技術が伝承されてきました。 彼らは室町時代頃から姿をみせ、戦国時代には、安土(あづち)城をはじめ各地の城郭建築にたずさわっています。

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方向を変えて、里坊の並ぶ道を歩きます。

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左側には高い石積み右側には低い石積みが、まるでパズルのようにいろんな形の石が絶妙に積まれています。
お寺の塀はもちろんのこと 民家の塀も、 いたるところ石積みだらけ、みごとな石積みをたくさん見ました。


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汚れた土塀に歴史を思います。


その積み方の特徴は、野面(のづら)積み、つまり加工しない自然石を大小うまく組みあわせ、しかも奥行深く積むものです。
↓は何故か石垣の上面が剥き出しになっていて、その上面(平らになっていますね)を撮っています。石垣の奥深さがお解り戴けたでしょうか?

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では、どうしてここ坂本にこれだけ多くの石積みの塀が有るのか?
必要だったのか?
 
ここを訪れて、この地域の地形の特殊性によるものだと解りました。
 前方には琵琶湖があり、後方には比叡山が迫っています。
従って、平地は少なく、傾斜地が多くなっています。そこに平坦地を求めるためには、石垣を築き、土を盛り上げて平地を造らざるを得なかったのです。
ですから、至るところに石積みが必要となってきます。
大きな平地を造るためには、石積みを高くしなければなりませんでした。
 机の上では学べないものを学べるのは、自分の足で歩くことが出来る幸せです。
この後、明智光秀が眠る西教寺を訪れました。
 

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