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2011年9月19日 (月)

”ならまち”を歩く(社寺編)(庚申さんと御霊さん)

 ならまちの中心地でだった「元興寺」以外にも、多くの社寺や史跡が散在していますが、ならまちを歩いていて、多くの町家の軒先に不思議なものが吊るされているのが目に付きます。
Img_0214bc
あるお宅に吊るされていた「身代わり申(さる)」です。

その申の信仰「庚申(こうしん)信仰」の拠点が、「庚申堂」です。
Img_0205bc
由来は古く、庚申縁起によると文武天皇の御代(700年)に疫病が流行したので、元興寺の高僧が疫病退散を祈願していたところ、”青色金剛”が現われ、「その願いを聞いてやる」と言い、間もなく疫病がおさまりました。
その日が「庚申の年・月・日」であったとのことです。
それ以来人びとは”青色金剛”を祀ったと伝えられています。

お堂には申(猿)がいっぱいいます。
屋根の棟や軒棟の先
にも、香炉台の脚にも、そして「身代わり申」たちも。


Img_0213bc
屋根の上で合掌するお猿さん。何か持っている様にみえますが、
実は近くの電柱から伸びた鉄線が、お猿の腋の下を通っているのです。
お気の毒と言うか、健気と言うか・・可笑しいと言うか!(^^)!。


 次にお参りしたのは「御霊神社」です。
ならにも「御霊神社」があったのですね。
御霊(ごりょう)とは、古代においてこの世に怨みを残しつつ、非業の最後を遂げた方々です。
その方々の御霊をお慰めしないと、この世に祟りが起こると言う事で、御霊会(ごりょうえ)が催されました。

Img_0182ab 

桓武天皇勅願所として、ご祭神は早良親王・井上皇后・他戸皇太子・橘逸勢など八神とされています。

Img_0184ac 

社殿は、鳥居を潜った先にありました。

Img_0186ac 

社殿の左手には「出世稲荷神社」があり、縁結びの神として、若い人たちがハート型の絵馬(玉垣の手前に掛けられています)に願い事を書き、熱心に拝んでいました。
 若かりし頃を思い出しながら微笑ましく眺めていました。
 

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