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2011年9月25日 (日)

京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その1)

 京都市内を区分して言うのに、現行の行政区によらないで表現すると、大きなくくりとして「洛中洛外」と言う分け方があります。
 少し違いますが、豊臣秀吉が造った「
お土居」の中と外と言う分け方に近いです。
 また、「お土居」にこだわらずに、京都市内の東西南北を、「洛東・洛西・洛南・洛北」と表現する場合もあります。

 今回は、その「洛南」のうち、東寄りの山沿いの地域を歩きました。
ここには、社寺・城跡そして御陵と見るべきところが沢山ありました。

 JR奈良線と市営地下鉄東西線と交通至便の「六地蔵」駅からスタートしました。

 「六地蔵」と言えば、その語源となっている、6か所の地蔵院の1つ「大善寺」にまずお参りしました。8月22日~23日は「京の六地蔵めぐり」が行われました

Img_2287a

 





















「大善寺」の地蔵堂です。本堂は右手にあります。
「六地蔵」は、京都周辺の旧街道の入り口6か所に、地蔵菩薩を祀ったものです。ここはその中の1つで、旧奈良街道の入り口にあたります。

Img_2285a























お堂の中には、美男のお地蔵さんが、おわしました。
「六地蔵めぐり」の準備が、すっかり出来ていました。


 次は、御陵3陵です。秀吉・家康の時代に築かれた「伏見城」跡に造られた、明治天皇の「伏見桃山陵」、明治天皇の皇后・照憲皇太后の「伏見桃山東陵」、そして少し離れたところにある、桓武天皇の「桓武天皇柏原陵」です。

Img_2289a_2



御陵は何れも山の中腹に造られましたので、かなり高いところにあります。
正面には、この長い石段を昇らねばなりません。
石段を避けて、右手に迂回しました。 

Img_2290a_2

     




従って、まず始めは昭憲皇太后の「伏見桃山東陵」に参拝しました。 
               

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次に明治天皇の「伏見桃山陵」にお参りしました。
御墓の形は、近現代になって、すべてこの様な上円下方墳(上が円形、下が方形)になっています。




明治天皇は、ご存知だと思いますが、第122代の天皇で、現在の天皇陛下の曾祖父さんです。
昭憲皇太后は、明治天皇の皇后で、第123代の大正天皇の母に当られる方です。

 この近くには、もう1つの御陵「桓武天皇柏原陵」があり、続いて参拝しました。

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第50代・桓武天皇は、都を長岡京から平安京に遷都された天皇ですが、その天皇の御陵が、平安京からかなり離れた、この地にあるのが不思議に思いました。元はここでは無かったと言うことを聞いたことがあります。



ここに御陵が営まれてから、どれ位の歳月が経っているのか判りませんが木々の茂りには、その重さを感じさせます。

 次は、近くにある「伏見桃山城」へ向かいます。

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コメント

洛中・洛外、洛北、洛東・・・という言い方は今でもあるようですね。
六地蔵と聞いて初めは民話の話かと思いました。でもそれは正しくは”笠地蔵”というタイトルでした (^_^;;!
京都は長い間、都としての機能がありましたから、このような御陵はたくさんありそうですね。あの石段は、何段ぐらいあるのでしょうか?ご年配の方々には、少し辛いかもしれませんね。
ヤマトタケルノミコトの御陵と言われるところ(三重県亀山市)を、訪れたことがあります。やはりこのような雰囲気でした。

慕辺未行さんへ
こんにちわ
範囲がやや曖昧な点がありますが今でも洛中・洛外・洛北・洛南・洛西・洛東は使っています
コスモスさんの卒業高校は京都府立洛東高校ですし スポーツが強いのは洛南高校 校舎が
立派な洛北高校などがあります

御陵は京都府が74陵 奈良県が31陵 他に大阪府などにあります
実は十数年前に 九州にある先史時代の3陵を除き 全国の御陵巡拝をしているのです
各御陵のご朱印を頂きながら回りました

明治天皇陵などは石段を昇らなくても やや遠回りになりますが 横手から坂道を上るように
なっていますので お年寄りの方でもOKです

ヤマトタケルノミコトの御陵は確か複数あったのではないかと思います

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