2015年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

お勧めブログ

無料ブログはココログ

« 京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その1) | トップページ | 京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その3) »

2011年9月26日 (月)

京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その2)

 3つの御陵の参拝を済ませ、「伏見桃山城」に向かいます。
 ここは元は近鉄が遊園地として造った観光城ですが、近鉄が撤退後は京都市がお城のみ管理していて、外観だけを観る事が出来ます。

Img_2302a_2 
緩やかな坂道を登って、やがて左手に大手門が見えます。
伏見桃山時代の設定で、華やいだ雰囲気が感じられます。

Img_2303a_2 


門の扉には、豊臣家り家紋が大きく輝いています。

Img_2304a_2 



門をくぐると、正面に大きな天守閣と、やや小さめの櫓が聳えていました。

Img_2311a_2 

天守閣に近付いて観ましょう。

Img_2315a_2 

天守の上部に目を遣ります。華麗で、豪壮さを感じます。

Img_2317a_2 

天守の裏側に回って、石垣を間近に観ます。
まだ年月を経ていないので、石垣の趣きは薄いですが、それなりの貫禄は感じました。

 豊臣・徳川と伏見城は、時代と共に変遷して来ましたが、大正になって城跡に伏見桃山陵が造られました。
 時代の大きなうねりを感じてしまいます。

 この後は、深草に向かいます。

« 京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その1) | トップページ | 京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その3) »

地域 歴史」カテゴリの記事

コメント

そう言えば以前、この地に遊園地があったような・・・、”キャッスルランド”とか言う名前ではなかったでしょうか?訪れたことはありませんが、そのような施設があることは知っていました。
たとえ当時のものではないにしても、このように復元し後世に伝え残すこと、これも大切なことですよね。
我が街の名古屋城も、戦災で焼失しその後、鉄筋コンクリートで復元されたものです。それでも、無いよりは良いと思います。

ヤマトタケルノミコトの御陵ですが、亀山市能褒野にあります御陵は『宮内庁治定』の御陵です。『記紀』の記述からしても、その辺りで亡くなられたようですから、そこが最も有力な御陵では?と思います。

慕辺未行さんへ
お早うございます
仰る通り「伏見桃山キャッスルランド」です 
私も遊園地段階では行った事がないのですが なぜか歩きの会では2度も行きました

慕辺未行さんはお城はお好きなようですね
私も一時よくお城巡りをしたことがあります
いわゆる古城と言われたり 名城と言われたりしたところです

ヤマトタケルノミコトの御陵は慕辺未行さんが言われる通りかも知れませんね

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1153718/41431513

この記事へのトラックバック一覧です: 京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その2):

« 京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その1) | トップページ | 京都・洛南東部を歩く お寺・お社・お城 そして御陵(その3) »