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2011年9月22日 (木)

滋賀県・曳山祭の1つ日野祭(その2)

 昨日続きです。
今日のお祭の神社「馬見岡綿向神社」に着きました。
 既に曳山が勢揃いし、それぞれが祭囃子を賑やかに演奏しています。
笛・大太鼓・小太鼓・すり鉦と、その賑やかなこと。テンポ良く、勇ましい感じです。お囃子の源流は、関東ではないかと言われているそうです。
江戸時代に日野商人が活躍したのは、関東だったためとか。

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曳山の上に人形などが飾られていますが、「だし」と言うそうです。
時の人「坂本龍馬」が多かったです。

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こちらは、「阪神タイガース」です。さすが地元・関西ですね。

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曳山の装飾や胴掛けなども、立派なものです。
日野商人達の心意気が感ぜられます。

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奥まったところに、社殿がありました。
この神社については、この記事の最後にご紹介させて頂きます。

拝殿には、3基のお神輿が並んでいました。

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拝殿から、お神輿が下ろされています。

Img_8200
お神輿を担ぐ男衆のいでたちです。法被の下に、女性の襦袢を着ておられます。さらに、その下には腰巻でしょうか。

Img_8186
後姿しか撮れなかったのですが、この方達が祭を取り仕切る「神調社」
の方々です。「神子」を守って行列の先導に立ちます。
もし行列の前を横切ろうものなら、徹底して制裁が加えられるそうです。

Img_8218
お神輿の先導には、竹の先を細かく割ったのを持ったおじさんが
地面をパシパシと叩きながら進みます。
巡行する道筋を清めるためでしょうか?

 行列は、本通り近くにある「ひばり野」の御旅所に着き、神事の後、夕方にご本社に戻ります。夜の7時半頃には、祭は完了します。

 「馬見岡綿向神社」(うまみおかわたむきじんじゃ)について
日野町の最高峰・綿向山(標高1110m)の頂上に鎮座する綿向大神(アメノホヒノミコト)を、平安時代初期の延暦15年(796年)に里宮として、現在の地に遷し祀り、蒲生上郡の総社として、信仰をあつめたのが、この神社です。
 
中世には、当地を支配し城下町を築いた蒲生家が、氏神として庇護しました。
 
江戸時代には、全国に商売を拡げた日野商人が、出世・開運の神として崇敬しました。

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京都府外」カテゴリの記事

コメント

こんばんは (*゚▽゚)ノ
テンプレートのデザイン、替えられたのですね。

台風15号の影響、私が暮らす街では”避難勧告”は出ていましたが、大丈夫でした。何しろこの辺りは、かつて伊勢湾台風で被災した地域。川の堤防は、かなり高く造られています。とはいえ、想定外のことが起こることもありますから、油断できませんネ!

曳山全体が”山車・だし”ではなく、上に飾られているものが”だし”なのですね。弁慶や三蔵法師と孫悟空の姿も見えますね。
何となく、高校時代の体育祭の応援席に飾るパネルとマスコットを思い出しました。
実は昨日「鈴鹿山脈の西のほうに綿向山があったよなぁ!」と思いながら拝見していたのですが、やはりその山との関係が深い神社だったのですね。
それにしても、法被の下の襦袢...ものすごく違和感を感じます (^_^;;!

慕辺未行さんへ
こんにちわ
今日は爽やかと言うより肌寒い位の陽気です
そちらは如何ですか
伊勢湾台風の被害地だったのでね
甚大な被害を出した大きな台風でしたね
当時は関西にいましたがその時の事は覚えています

祭りでの男の人の女装は民俗学的に何か訳がありそうに
思います
京都・八瀬の「赦免地踊り」では男の子が女装します
頭に切子灯籠を乗せてゆったりと歩きます

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