2015年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

お勧めブログ

無料ブログはココログ

« 京都太秦アラカルト(その2) | トップページ | 京都市左京区三宅八幡の近くを歩く »

2011年8月10日 (水)

昔は京都は映画の町だった

 以前に平安京の導入部分をご紹介しましたが、その平安京のメイン・ストリートである「朱雀大路」は道幅が84メートルもあったそうです。
そして、その「朱雀大路」が今の”千本通”となっています。
 その千本通の北、今出川通から南へ丸太町通の手前までの間は、「西陣千本商店街」と言います。
 明治初期に新織機が導入されて以来、西陣で働く織り手さんなどの歓楽街となり、多くの映画館がありました。
 その中で代表格が、この「千本座」です。ここは、初め芝居小屋だったのを牧野省三が映画を撮り始めたので、映画館に変わったそうです。

Img_0021

Img_0022
 (その千本座の跡だったのが上の写真です)

 近くの市バスの停留所には、下の写真の掲示板もありました。
Img_0024


 唯一残る映画館です。成人映画専門館です。ここは、浅田次郎原作「オリオン座からの招待」の映画のモデルになったところです。監督は三枝健起、出演は宮沢りえ、宇崎竜童、加瀬 亮などです。
 撮影にここを訪れた宮沢りえさんは、ここの映画が成人向けだったので、よう入らずに帰ったと言っていたとか。

Img_0031

 さらに、南に進みJR二条駅の西側には下の写真の、11もスクリーンがあるシネコン「TOHOシネマズ二条」が出来ています。

Img_0041

 二条駅を背にして、東へ行くと二条城の西南櫓近くの市立中京中学校の校庭外(東南角)に「二条城撮影所」跡の碑(下の写真)があります。 明治43年(1910)に、京都で初めての映画撮影所が出来、大正から昭和初期まで、ここで多くの映画が撮られました。

Img_0046

 因みに、2008年は「京都・映画100年」の年でした。また、最初の劇映画「本能寺合戦」は、紅葉で有名な「真如堂」で撮影されました。

 

 

 

« 京都太秦アラカルト(その2) | トップページ | 京都市左京区三宅八幡の近くを歩く »

地域」カテゴリの記事

コメント

映画発祥の地でも、単独の映画館は時代の波の中で廃れていってしまいますね。建物の老朽化もあるでしょうが、今や複合施設の中の映画館に押され気味で、古くからの映画館は次々と閉館されています。
それにしても、京都と映画がこれほど密接な関係にあったとは、今まで知らなかったことです。
またひとつ、勉強させていただきました。

お早うございます
京都と言う町は 古い歴史がある町でありながら
結構新しいことも取り込もうとする町でもあります
京都が初めて または京都から始まったと言う事物が多数あります
最も典型的なものとしては チンチン電車です
琵琶湖疏水を利用した水力発電から始まったものです

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 京都太秦アラカルト(その2) | トップページ | 京都市左京区三宅八幡の近くを歩く »