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2011年8月23日 (火)

京都「お土居」の一部を訪ね歩く

 「お土居」は、豊臣秀吉が京都の洛中を土塁で囲んだものですが、現在は断片的に残っているだけです。今回その一部がある「鷹ケ峯」(たかがみね)付近を歩きました。
「お土居」については、最後にご紹介しますが、写真をご覧頂く参考に、「お土居」の大きさは、断面が梯形になっていて、
高さが約3.6mから5.4m、底辺の幅が約18m~20数mもあります。

Img_1976a
1か所目です。
 仏教大学の千本北大路キャンパスの裏側になります。
お土居の上まで上れるのは少ないのですが、ここは上まで上れます。
お土居の頂面です。
石碑は、昭和5年7月に立てられたとあります。
ご公儀のもの故「御土居」と書かれていますね。

Img_1975a
お土居の全体像の撮影は難しいです。
右端の石が並んでいるところが頂面です。
ここでは、お土居の斜面を示しています。
左手に見える道の、さらに下が地面になります。

Img_1979a
頂面の一部です。結構太い木も見られます。
場所によっては、ベンチが置かれていました。

Img_1986a
2か所目です。ここは少し離れた所からしか見られません。
お土居は右から左に連なっています。
石碑によると、ここは昭和12年11月の建立とあります。

Img_1990a
3か所目です。「玄琢下」と言う場所です。
ここも完全にフェンスで囲まれています。
石碑には、昭和3年11月とあります。

Img_1993a
ここも形が判り難くいですね。
お土居は、手前から向こうに延びています。

Img_1992

ここに立っている説明板から撮って見たのですが、如何でしょうか。
史跡に指定されているのは上にある様に9か所です。
町名には土居町と付いているのがお判り頂けますでしょうか。

 「お土居」の形は、↑の図の様に縦長です。上が北です。
今回歩いたのは、図の上部の所です。

北野天満宮の境内に残っているお土居は、大きくて有名です。
何でもJR京都駅の0番線ホームも、お土居の名残とか(誤りだと言う説もありますが・・・)。図の下方の直線の一部と思われます。

 では、「お土居」について
豊臣秀吉の「京都大改造」の1つとして、天正19(1891)年に、京都を囲むために建設しました。
 全長5里26町(約23Km)に及ぶもので、「京廻ノ堤」(きょうまわりのつつみ)と称されました。
↑にも書きましたが、土塁の高さは約3.6~5.4m、底辺の幅は約18~20数m。 
目的は、京都を守る軍事的な城塞であると共に、東側では鴨川の氾濫から市街地を守る防災施設としての機能も持たせたものでした。

お土居の内側を「洛中」、外側を「洛外」と言って、出入り口には、「何々口」と言う名前が付けられています。
 (例えば、 大原口・粟田口・丹波口・長坂口など)
”京の7口”とか、”10口”とか諸説あるようです。
出入り口には、番小屋があったり、単に切通しだったようです。

 江戸時代になり、天下も泰平となってお土居も無用の長物となり、都市が東に発展したことから、徐々に取り壊されて行きました。
また、土塁の土が、土壁に適していたとかで、破壊が進んだそうです。

 なお、「お土居」の研究家に、中村武生さんがおられます。
大学の講師をされていて、お話が中々面白いです。
私も何度かお聞きしました。

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コメント

「お土居」、初めて知りました。そのような史跡もあるのですね。
なるほど!日本版”万里の長城”のようなものですね。規模は及びもしないでしょうが、役割は同じように思います。
洛中と洛外、これで分けられていたのですね。『天下泰平』の世になり無用の長物、そして破壊が進み…、”ベルリンの壁”崩壊を思い出しました。

慕辺未行さんへ
こんにちわ
平安京は唐の都をモデルに造られた都ですが その時に平安京には都城は造られていません
羅城門と言う都の玄関口にも少しばかりの城壁は造られた様ですが 都をぐるりと囲う様な大規模なものは無かった様です
それを秀吉が造った訳です
秀吉と言う人は優れた土木建築の名人だったようですね
勿論工事は家臣達がやっているのですが・・・
工事は驚く程早くに出来たそうです
確か2~3か月だったと思います
何年も掛ったということは無かつたと聞いています

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