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2011年8月 6日 (土)

今も現役の町・京都太秦

  今回は、現役の映画作りの町・京都市太秦をご紹介させて頂きます。
 実は2008年は、京都で初めて劇映画の撮影が行われたと言う事から、「京都・映画マキノ映画誕生100年」のキャッチフレーズのもと、「第6回・京都映画祭」が催されました。
日本映画の父と言われる「牧野省三」が、京都初の劇映画「本能寺合戦」を撮ってから(前回ご紹介しました)、100年になるわけです。
 その後、土地の安さや材木屋が多くあった事等、さらに関東大震災により、東京から京都に撮影所が移転し、太秦が日本のハリウッドと言われるようになりました。


 まず始めに、テーマパーク「東映太秦映画村」です。今では全国的に知られるようになったのではないでしょうか。休日などには、他府県ナンバーの車が並びます。下は、その正門とイベントホールです。

Img_1951

Img_1949 

 つぎは、広隆寺の前の坂道を下って行くと、かっては大映の撮影所があったことから「大映通り」と呼ばれる道路があります。道をフィルムに見立てて、 塗られてから大分日が経ち汚れていますが、道の左右両側にフィルムを送る穴が描き込まれています。

Img_1970 

その大映はとっくにありませんが、その跡地に大きなマンションが建ち、
入り口に石碑が建っています。

Img_1979 
 ↑がその石碑です。石碑には、「大映京都撮影所跡」と彫られています。ラッパといわれた永田雅一社長を思い出します。
 現役の映画撮影所として、「松竹京都撮影所」と「東映京都撮影所」の2つが、この太秦地域にあります。

 ↓の上が松竹、下が東映です。

Img_1985

Img_1991 

   この大映通りの入り口には、下の様な照明灯が立っています。

Img_1983 

 また、この大映通りに小さな神社があり、その境内に「牧野省三」の顕彰碑が、各映画会社や映画俳優(例えば、長門裕之、津川雅彦など)の手で建てられています。さらに、この神社の玉垣には往年の映画監督や俳優の名前が刻まれています。

Img_1975 

  正に、映画の町、日本のハリウッドと言えましょう。
 

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コメント

京都の街とハリウッド、と聞くとピンときませんが、劇映画発祥の地・太秦とハリウッド…ならば、何となくイメージも湧きます。
かつてはそれぞれの映画会社に看板スターがいたそうですね。
それに街の道路や商店街も、まさに”映画の街”を印象付けます。大スターたちも、ここを歩いたのでしょうね。映画ファンには、堪らない街かもしれませんね。

慕辺未行さんへ
お早うございます
今でも時代劇の映画やテレビドラマは京都にある東映や松竹が係わっていることが多いですね
特に東映が多いです NHKさえも東映の力を借りていますね
それは時代劇制作のノーハウがあるからです

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