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2011年8月11日 (木)

京都市左京区三宅八幡の近くを歩く

 京都・洛北と言っても、その範囲は結構広いですが、白川通を修学院から洛北・大原に向かう広い道路から、「通りを一本入った所一帯」は、今も昔の面影を残す静かな山麓の住宅地です。洛北の入り口と言った感じです。
今でもこのような場所が残っているのですね。
水路沿いに、三宅八幡に向かって、ぶらり散歩です。 

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誰一人として出会いません。

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”煙出し””虫籠窓”そして”障子戸”です。


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懐かしい風景が続きます。


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子供の頃、近くの農家で見かけました。



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板壁の板の剥がれているのが好いです。


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家に沿って、用水路が流れています。水量は豊かです。
昔は広い範囲への農業用水路だったのでしょう。


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「荒廃の美」でしょうか?
不思議と安らぎを感じますね。


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こんな高い場所に水田が有りました。
田植えの前でしょうか?
お水が這っています


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 最後に訪れた三宅八幡の境内では、2人の中年の男性が碁を打っておられました。
何んとも長閑な心安らぐ光景ですね
 写真を撮りながら、時々ボンヤリ立ち止まりながらの約1時間の散策。
この日は正しく「心の休養日」でした。
 

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地域」カテゴリの記事

コメント

私が子供のころ過ごした町にも、このような昔ながらの集落がありました。
”煙出し””虫籠窓””障子戸”はなかったでしょうが、他は何となく遥かな記憶として残っている風景に、とても良く似ています。
私も郷愁を誘われました。まさに「心の休養日」の光景です (^o^)/!

慕辺未行さんへ
こんにちわ
引き続き炎暑将軍の猛威が拡がっていますね
つい口に出てしまうのが「暑い!」です
さて今日の記事の様な場所は 京都市内でもごく周辺の一部になってしまいました
貴重な景観として残して欲しいものです

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