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2011年8月 7日 (日)

京都太秦の古墳

 京都市右京区太秦の地は、古代早くから渡来系豪族の秦氏が、この地の開発を手掛け勢力を張っていました。

 今回は、その秦氏一族の墓である、古墳があちこちにありますので、
その主なものをご紹介させて頂きます。


 太秦地区にある古墳で、最も大きな古墳は、面影町という住宅街の中にある「蛇塚古墳」です。
この古墳は、古墳時代後期末の7世紀頃に造られた、京都府下最大の横穴式の「前方後円墳」というもので、全長75メートルあります。

  畿内では、奈良県明日香村にある「石舞台古墳」(蘇我氏の墓と言われています)に次ぐ大きさです。全国第4位の規模を誇っています。
規模の大きさから首長クラスの墓と考えられています。

古墳を築造していた土は無く、巨石が剥き出しになっています。
今は後円部分だけが残っており、その周りを円形に住宅が建ち並んでいます。
初めて見た時は、住宅街の中に突然巨石の山が出現し、びっくりしてしまいます。


 ではその巨石の山をご覧ください。正面と横から見たところです。

Img_2373_2

Img_2375_2

  下の写真は、石棺を納めた石室の底です。
石が崩れ落ちない様に鉄骨で補強してあります。

Img_2377

これは、「片平大塚古墳」ですが、実は「桓武天皇皇子仲野親王・高畠墓」となっています。学術的には、この古墳は先の蛇塚古墳より少し古い様ですので年代は合いません。
この様なことは時にありますが、詳しいことは省略します。
太秦・垂箕山町に有り、宮内庁管理の形になっています。
  古墳としては、全長65メートルの前方後円墳です。

Img_2388
松本町にある「天塚古墳」です。
この古墳は、6世紀前半に造られたと推定される、全長70メートル余りの前方後円墳です。蛇塚古墳に次ぐ規模を持っています。
こちらも秦氏一族の墓と推定されています。
  古墳の上や周りには、いろいろなお稲荷さんの小さな社や石碑が建っています。

Img_2398

  この周辺には、「清水山古墳」がありましたが、その跡は壊されていて駐車場になっており、標識の石柱だけがありました。

  

 

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コメント

古墳の大きさもさることながら、これがごく普通の住宅街にあるというのが、不思議というか面白いです。
もともとこの辺りに暮らしている方は、馴染まれた光景でしょうが、他から移り住まれた方は、さぞ驚かれたでしょうね。

こんばんわ
今日は朝から出掛けていて今になってしまいました
私も初めてこの蛇塚古墳を見た時には ショックを受けました
この古墳は前方後円墳だと聞いていましたが 最近の研究で円墳ではないかと言うことを聞きました 古墳を取巻く周辺の住宅の立ち並び方が古墳の形に見事に沿っています

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