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2011年8月24日 (水)

京都・浄福寺通を大黒町まで歩く(その1)

 今日は、浄福寺通をご紹介します。
ここは、京都市の南北の通りの一つで、船岡南通の”建勲神社”南参道から南へ、竹屋町通までの道です。
今日は、一条通から上立売通までゆっくり散策しました。
 ここで、浄福寺通について少し説明させて頂きます。
この通りは、豊臣秀吉の京都改造後に開かれた道です。

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 浄福寺↑の創建は平安時代ですが、現在の地に移ったのは、江戸時代初期です。
通りの名前はその後に、このお寺の名前から付けられたと言う事です。
 通りに面して建つ東門が朱塗りのため、「赤門寺」とも呼ばれています。


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↑は慧光寺と言う日蓮宗のお寺ですが、吉野太夫ゆかりで有名な鷹峯の常照寺の本寺です。

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長い土塀は、本隆寺です。
ここは誰でも気軽に入れる雰囲気です。

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これは本堂ですが、塔頭が幾つもあります。
又、立派な桜の木が有って毎年、見事な花を咲かせてくれます。
でも、何故か訪れる人も少なくて、多分京都は桜の名所が多いからでしょうね。

 ここから大黒町へ入るまでに、鳥居の奥で注連縄をして、堂々と鎮座している岩上さん(岩上神社:岩上祠)があります。

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この岩上さんには様々な不思議な伝説が残ります。
 その中で、看板に書いてあるのは
「もともと二条堀川に有ったらしいが、後水尾天皇女御の御所に移したところ、怪(
あやかし妖怪)になったので、真言僧がこの地に移し、岩上寺本尊として祀り、婦人の授乳神として信仰を集めた」

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 「着物姿の似合う町・西陣織の職人の町」のキャッチフレーズの、美しい石畳が続く大黒町です。
 古い街並みというよりは、新築された大きな町家が多いためか、一歩足を踏み入れると豪奢な雰囲気が有ります。
多くの職人や作家が、芸術性の高いこの町で様々な活動を続けておられます。


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最初に有ったのは、外人向けの京町家の宿屋です。
立てかけられてる?看板に「INN」と書かれていますね
 一度中に入らせて頂きましたが、奥深い町家は、宿泊専門のようでベッドが並んでいました。


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この町で立派な建物が一際目を引きます。
有名な織成館(おりなすかん)です。

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ここは本物とのふれあいを体験出来る手織ミュージアムです。
 1936(昭和11)年に西陣の帯地製造業「渡文」が店舗兼住まいとして建てられたものです。西陣の伝統的な家屋「織屋建
おりやだち」の特徴をそのまま残しています。
ここでは、全国の手織物、能装束、時代衣装の観賞から工房見学、作品展示までの手織の手織の全てが体験できます(有料)。


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染と織のショップ・水墨画のギャラリー「墨採庵」です。
「どうぞお気軽にお入りください」と書かれていますが、
何んとなく入り難くい雰囲気です。
 
この後、まだまだ大黒町を歩きますが、次回にご紹介します。

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コメント

赤門、東大を連想してしまいました。
吉野太夫の名は、私でも知っていました (^_^)!有名な花魁ですよね?
京町家の宿屋、外国人向けとありますが、日本人の私でも泊まってみたいです。でも、D&Dって…?B&Bなら解かりますが…!
京都には今も、伝統を大切に継承する心が受け継がれているのですね。

慕辺未行さんへ
こんにちわ
何時も丁寧にご覧頂きまして有難うございます
最近 外国人向けの京町家の宿屋が急激に増えているそうです
その為に一部で問題も発生しているとか
D&Dは判りません 今度ここを通った時に尋ねて見たいと思います
B&Bとは何ですか?

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