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2011年7月13日 (水)

京都市内の坂本龍馬ゆかりの地を歩く(その3)

 京都府ウォーキング協会さん主催の坂本龍馬シリーズ③「龍馬暗殺事件」に、参加させて頂きました。去る4月11日(日曜日)のことです。
お天気は今一でしたが、楽しく歩けました。距離は12Kmです。
 集合場所は、前回と同じ「梅小路公園」です。
出発式の後、10時15分から歩き始めました。
前半は前回とほぼ同じで、「産寧坂」(さんねいざか・三年坂とも)に入ったところから、お目当ての場所が始まります。

 最初は、龍馬が定宿としていたと言う「明保野亭」(あけぼのてい)です。
お店は、手前の看板の先を右に入ります。

Img_6207
ここは、何時も観光客の方達が多いところです。
電線が地下化されてすっきりとしました。

 産寧坂の途中から右折して、急坂を登り下りして、「京都霊山護国神社」に着きました。境内の右手上には、龍馬をはじめ幕末・維新に尊い命を捧げた人達のお墓などが、多数並んでいますが、
今回は時間の都合上参拝は後日としました。
このシリーズの(その4)で、ご紹介します。

 円山公園内の「坂本龍馬・中岡慎太郎之像」です。
只今、時の人です。多くの人が訪れていました。

Img_6215
立っているのが、龍馬です。

 円山公園から四条通に出て、西に向います。四条大橋を渡って、右折し木屋町通を上ります(北に向かいます)。この辺りから、丸太町通を迂回して、河原町通からゴールの四条河原町まで、ゆかりの地が連続します。

Img_5650
木屋町通を四条通から入って(北に向かって)、少し歩いた左側にあります。
ここは、「土佐藩邸跡」ですが、この周辺に関係者の住まいなどがあります。

Img_6411
「土佐藩邸跡」の南側の細い路地を入ったところにあります。
「岬神社」別名「土佐稲荷」です。
説明板によりますと、室町時代初期に、鴨川の中洲の岬にあったそうで、この名前が付けられています。江戸時代初期に、土佐藩の京屋敷があった、この地に遷されました。以降、土佐藩士だけでなく、この近くに住む人びとの信仰を集め、この地の「産土神」でした。

Img_6227
「土佐藩邸跡」から少し北に行った左手にあるのが、龍馬の住まいだった
「酢屋」です。龍馬が暗殺される数日前まで住んでいました。
当時は、材木商でした。土佐海援隊の京都本部でもあります。
現在は、木工品店を営んでおられます。

さらに、木屋町通を北に進みます。
三条通を上った、東側にあります。
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右手奥には、「吉村寅太郎寓居跡」が、左手は「武市瑞山(半平太)寓居之跡」の碑です。
吉村寅太郎は、武市に剣術を学び、土佐勤皇党にも参加しました。
文久3年(1863年)、天誅組を組織し、大和国で倒幕の兵を挙げたものの、
政変で幕府軍の攻撃を受け、9月に吉野で戦死しました。
武市瑞山(半平太)は、今NHK大河ドラマで時の人ですから、皆さんご存知かと思います。

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御池通を上った東側にあります。
今は料理店になつている「幾松」、桂 小五郎の愛人(のちに妻に)の名前。
桂と2人が住んでいたところです。

その向い側、高瀬川を越えた先に、この碑があります。
左が「大村益次郎卿遭難の碑」、右が「佐久間象山先生遭難の碑」です。

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その向いにある碑です。「大村益次郎」は、幕末・新政府軍の軍事面での総責任者でしたが、後にこの辺りで切り付けられ、後日死亡します。
1つ上の碑に大村益次郎卿とあるのは、死後贈られた「従三位」故でしょうね。

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丸太町通の手前には、「木戸孝允邸跡」があります。
木戸孝允とは、桂 小五郎の後の名前です。
今は、旅館になっています。左手奥には、建物も残っています。

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コメント

私は龍馬に関する書籍や記述は、ほとんど読んだことがないので、「龍馬の人気の秘密って何なのかナァ?」と思いながら、拝見させて頂いてます。
倒幕・尊王攘夷に大いに貢献しつつも明治新政府に龍馬自らは名を連ねなかったところが、ストイックなイメージを持たせるのでしょうか?
産寧坂は若いころ歩いたことがありますが、円山公園の銅像はTVでしか見たことがないのです。

こんばんわ
毎日猛暑が続いていますが如何お過ごしですか
こう暑いと気力が萎えますね
坂本龍馬観ですが土佐の脱藩浪人があれだけのことをしたと言うのはやはり彼の世界観と度胸でしょうね

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