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2011年7月15日 (金)

京都市内・三本木通を歩く

 地元の落語家がご自分で歩いて、京都を紹介されているラジオ番組が有ります。私はこの方の説明は解り易くて、よく参考にさせて頂いています。
 今回も、それを元に、京都市内の小路・「三本木通」を歩きました。
場所は、大路である丸太町通と鴨川との交点にある「丸太町橋」の、西北辺りです。
 三本木通は、東と西とに分かれています。
 ラジオの説明では落ち着いた佇まいの残る、歴史のある場所との事でした。
通りには、丸太町通から入りました。

Img_7279 
 丸太町通から入って直ぐの景色です。
突き当たりを右に行くと「東三本木通」、左に行くと「西三本木通」ですが、丸太町通からこの突き当たりまでの、この短い通りの名前は何んと言うのでしょうか。
短くても「三本木通」なのでしょうか
聞きたくても人の姿は見当たりません。

 まず、この辺りで超有名な、頼 山陽の書斎「山紫水明処」に向かいます。
Img_7259

お目当ての建物は、この路地の奥にあるようです。
Img_7261 
引き戸の隙間にカメラを入れて?写しています。
ボンヤリした写真になりましたweep
 事前に申し込めば、見学は出来るようで、路地の入り口に貼り紙がしてありましたが、3月いっぱいは公開されていません。
 山陽の子孫の方が管理されているようです。

Img_7282 
 裏手の鴨川に出ました。歴史の有る、風情の有る建物ですね。
ここからですと、比叡山や東山連峰の山々や、手前の鴨川の景色が出居ながらにして一望できると思います。正に「山紫水明」の地ですね。
 
 頼 山陽は、天保3(1832)年、ここで亡くなっていて、国の史跡になっています。江戸後期の儒者・詩人・歴史家です。
幕末期の思想に影響を与えた人でもあります。

 東三本木通に戻って、北の方に歩きます。
暫く行くと、東側にこのような碑がありました。

Img_7264

 「立命館草創の地」とあります。
ここには、「清輝楼」という料亭があって、立命館大学の前身だった「京都法政学校」の開講場となったとのことです。

 この先に、右に曲る路地があったので、入って見ました。
Img_7268

辺りは、物音ひとつしない、人影も全くありません。
何やら隠棲の場のような雰囲気を感じました。閑静な場所です。
古めかしい立派な表札がかかっています。
「どのような方が住んでおられるのやろ?」と思いながら静かに歩いています。

 また元の通りに戻ります。やがて、左手に長屋風の建物が見えてきました。
Img_7276
中を覗いてみます。


「円通寺」と言うお寺でした。
Img_7272

お寺の山門ですが、すこし変わっていますね。
本堂は奥の方にあるようですが、中に入って行き難い雰囲気です。

 円通寺の前を通って、「西三本木通」に出てきましたが、こちらの方は、特に変わった所も無く、ごく普通の町並みです。

 鴨川沿いに、2枚の説明板がありました。その内の1枚です。
Img_7281

明治期のこの辺りの様子を描いたものです。
真ん中に鴨川、手前は丸太町橋(「丸太を並べて作った橋」からの命名)、
左手が三本木、右手には熊野神社の鳥居、向こうには比叡山や東山の山並みなどが描かれています。

 「三本木」のことについて、「京の大路・小路」の参考書から、
ご紹介します。
興味の有る方はご覧下さい。

◆実は、この辺りは「新三本木」と言います。
元の三本木が有るはずですね。
その町は、京都御所の近くにありました。

◆宝永5(1708)年の京都大火で、御所も付近の町々も焼け出され、三本木の町の人達は、この地に移って来ました。

◆その時には、町の人達だけでなく、門跡・公家・大名の京屋敷・御所の役人
なども、ここに移り住んだそうです。
一時は御屋敷町の観さえあったとのことです。

◆さらにその後は「遊所」として、町は変化しました。
幕末期には、さらに繁昌をみせ、勤皇・佐幕の武士たちが入り混じって往来する通りだったとのことです。
  
 
このような歴史を辿って来た町ですが、今は静かな佇まいを持った町並みになっていました。タイムスリップして当時の様子を知りたいと思われませんか?
     

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コメント

円通寺を見て何となく『大陸』のお寺を連想しました。中国は訪れたことがありませんので、何とも言えませんが、イメージ的には中国から西のアジアの仏教国のお寺に近いような気がします。
私が訪れたネパールの山間の村には、『カンニ』と呼ばれる『仏塔門』が村の入口に建てられていることがあります。それとよく似た雰囲気です。

慕辺未行さんへ
こんにちわ
ご覧頂いて有難うございます
そうですね 仰る様に この様な山門(でしょうね)があるお寺 時々見ますね
派手に朱色の門もあります 例えば伏見の長建寺ですが・・・
より一層中国風に見えますね

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