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2011年7月19日 (火)

今も歴史の残る「伏見街道」を歩く 後編

「伏見街道を歩く 」の続きを、ご紹介します。
 伏見稲荷大社です。

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商売の神様です。全国に約4万社もあるそうです。その総本社です。
私も現役の時には、毎月私共の会社のお社にお参りしていました。
 この大きな赤い鳥居の隣に、「玉屋」という料理旅館があります。昔から、参詣者が泊まっていたのでしょう。

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 その向かいには、赤レンガの建物があります。旧東海道線のランプ小屋です。明治22年に開通した国鉄東海道線は、京都駅からここ稲荷駅を通り大きく迂回して山科を経て大津に至っていました。このランプ小屋は当時のもので、国鉄最古のものです。

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 暫く進むと、左手に目が覚めるような感じの建物があります。
聖母女学院の本館です。

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 実は、明治42年に建てられた旧陸軍第16師団司令部だったものです。
この周辺には、色々な軍事施設があったそうです。「師団街道」という言葉も残っています。

Img_2689_2 

 ↑は「藤森神社」の西門です。神功皇后やスサノオノミコトなどの諸神を
祀る古社です。

 由緒ありそうなお商家が続きます。

Img_2690_2 

Img_2692_2 

 京阪電車の墨染駅で、右折し「墨染寺」の前を通ります。
ここは、墨染桜で有名ですが、私はまだ桜の花を見ていません。

Img_2694_2 

 お寺を左折して暫く進むと、「撞木町(しゅもくちょう)」という、
昔 遊廓があった所を右に見て、京町通につながります。

Img_2696_2 

 その手前にあった、↑の写真ですが、普通の民家とは思えないお家です。
どういういわれがあるのでしょうか。一瞬昔にタイムスリップしたような、大変興味をそそられました。まだ、このようなところが有るのですねぇ。

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 元・赤穂藩家老の大石内蔵助が、山科に閑居を構え、敵の目を欺く為の遊蕩に耽った場所の一つと言われています。祇園の一力も有名ですが。

Img_2703_2 

 街道筋の旧家を挙げるとキリがない程沢山あるのですが、お終いに一つ
挙げておきます。
 伏見街道は、これで終わりですが、折角伏見まで来ましたので
酒蔵の町・伏見とその町なか、そして宇治川派流を歩きました。

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