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2011年6月12日 (日)

京都鴨川の遊歩道を歩く

梅雨前の貴重な晴天の一日、歩きの会の「鴨川遊歩道ウォーク」に参加しました。平日の水曜日でしたが、300人を超える沢山の人が参加していました。殆んどの方が、中高年の方に見えました。男性の方が多かったです。約14Kmのコースで、そのうち約90%が鴨川遊歩道を歩きました。

 JR京都駅をスタートして、東に向かい「塩小路橋」から、河川敷の遊歩道に入ります。「塩小路」通は、JR京都駅に最も近い東西の道路です。

 京都市の地図を見ると、鴨川が北からほほ真っ直ぐに南下し、緩やかに右にカーブして、桂川に合流するまでの区間を歩いたことになります。

 さて、その前にJR京都駅前に集合し、出発を待つ間、何気なく空を見上げると、何んと飛行機雲が沢山発生し、交差しているではありませんか。
 こんなに多くの飛行機雲を見たのは初めてです。お天気が下り坂を示しているのでしょう。果たして、翌日夕方から雨降りでした。

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京都タワーを見上げての青空です。

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「塩小路橋」の手前で、見上げた東方向の青空です。
近畿には、関空・伊丹・神戸の3つの空港があります。

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始めは、鴨川の右岸から歩き始めましたが、「勧進橋」を渡ってからは左岸を歩きました。この橋は「くいな橋」(水鶏と書きます)です。
この辺りに来ると、川巾はやや狭くなり、流れも急です。数日来の雨降りで水量も多いです。この上流(九条陸橋下)では、先日中学生が深みにはまって溺死しています。

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大分下って来ました。鳥羽大橋の手前辺りかと思いますが、この辺りまで来ると、鴨川もこの様な様子になります。長閑な田舎の川の佇まいです。
向こうには、そんな景観を損なう景色がありますが・・・。

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幕末、この辺り(旧小枝橋)で戊辰戦争が勃発しました。
橋を挟んで、幕府軍と西軍(薩摩・長州軍、後に新政府軍と言われた)が対峙し、幕府軍の発砲を機に、戊辰戦争が始まりました。

 この近くには、院政時代に広がった「鳥羽離宮」跡が公園に整備された広大な広場があります。ここで昼食を摂りました。

 さらに、鴨川を南下します。

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鴨川は、益々田園風景風になって来ました。きっと水深は深くなっているものと思います。

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そろそろ堤防に上る手前には、「鳥羽の大石」と呼ばれる、3つの大きな石がありました。
 なんでも、二条城の城郭修復のために、瀬戸内方面から水路運ばれて来て、何かの事故で川底に沈んだのを、地元の人達が引き上げたとのこと。

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いよいよ川ともお別れです。「羽束師橋」(はつかしばし)の上から北に向って撮ったものです。この橋の少し上流で、鴨川は桂川と合流し、桂川となります。右手奥には、比叡山が見えます。左手奥には、写真にはありませんが、愛宕山も見えます。すなわち、この地点からは、2つの山が同時に見える場所です。
「羽束師橋」を渡って、西に向かいゴールのJR長岡京駅を目指します。
14Km、約3万歩はかなり足に応えて来ました。

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