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2011年6月26日 (日)

京都伏見を歩く 名水・龍馬・幕末 (その1)

 2月21日(日曜日)京都府ウォーキング協会主催の歩きの会に参加しました。今回は、坂本龍馬シリーズ(全3回)と銘打った第1回目で、「船宿寺田屋」
12Kmです。スタートは、伏見港公園(京阪電車・中書島駅の近く)からです。
 出発式の後、協会の語り部の方から、伏見のこと・名水・日本酒・幕末の戦争
(鳥羽・伏見の戦い)の話などをお聴きして、10時半から歩き始めました。

 宇治川派流沿いを歩いて、お馴染みの景色を眺めつつ、まず「長建寺」(ちょうけんじ)に着きました。

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一寸変わった山門と、↓「閼伽水」(あかすい)と言う名水が目玉です。
紅穀(べんがら)の色が、何か艶かしさを感じさせます。

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 「月桂冠大倉記念館」は、幕末には「さかみず」と言う酒屋で、正月のこととて新撰組の連中がここで酒を飲んでいる最中に、「鳥羽伏見の戦い」が始まったとか。
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 「伏見奉行所」跡です。戦いでは、幕府軍の拠点でした。
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昔は、この一帯は旧陸軍の施設があったところで、今は大きな住宅団地になっています。


 桃山の町中を通って「乃木神社」へ。ここにも「勝水」と言う名水がありますが外から参拝して、先を急ぎます。
写真を撮っていると、どうしても遅れ勝ちになります。

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ご祭神は、乃木将軍夫妻です。近くには、明治天皇陵があります。

 「御香宮神社」に着きました。「御香水」が有名です。
戦いの際には、薩長軍がこの近くの高台から、幕府軍の拠点の伏見奉行所に向けて大砲をどんどんと撃ったとか。

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名水の「御香水」です。水温は、そんなに冷たくなく、美味しい水でした。

 「魚三楼」と言う料理屋さんです。
表の格子戸に、戦いの時に付いた弾の跡が見られます。

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 女性が立っている右手の格子戸に2か所、弾丸がかすめて通った跡が残っています。

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幕府軍の主力の会津藩が、ここ伏見御堂に駐屯していました。
新撰組も混じっていたかも知れません。奉行所にも近いです。

 その近くにも、名水「白菊水」と言って、清酒「神聖」と同じ水とのことです。
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水汲みに行列が出来ていました。

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 さすが造り酒屋の街の和菓子屋さんです。
「酒まんじゅう」がメインのよう?です。

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ここは、清酒「黄桜」ですが、この辺りには多くの酒蔵が並んでいます。

 ここまでの中で、少し詳しくご紹介しましょう。
ご興味があれば、どうぞご覧願います。

◇長建寺 元禄12(1699)年、伏見奉行の建部内匠頭が、建てたものです。
ご本尊は、弁財天と言う、珍しいお寺です。
この辺りにあった「紅屋」と言うお茶屋に龍馬が通っていたとか。

◇月桂冠大倉記念館 寛永14(1637)年創業の伏見を代表する酒蔵「月桂 冠」の資料館です。
京都市の有形民俗文化財に指定された酒造り用具を、保存展示しています。

◇御香宮神社 貞観4(862)年、境内から香りの良い水が湧いたことから、清和天皇より「御香宮」の名を賜った神社です。
応仁の乱で一時荒廃しましたが、徳川家の保護もあり、絢爛豪華な桃山文化を今に伝えています。

  次回は、(その2)で「寺田屋」などを、ご紹介します。   

 

 

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